久保田 尚さん講演「市街地の重大交通事故根絶に向けた『通学路Vision Zero』の提案」

里見岳男(事務局)

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2025年4月19日、総会後の会場に埼玉大学名誉教授の久保田 尚(ひさし)さんがお越しくださり、2時間にわたって表記のテーマでの講演と質疑応答が行われました。本稿ではその概要をお伝えいたします。

久保田 尚さんプロフィール

講演する久保田 尚さんの写真です。

埼玉大学名誉教授、日本 大学客員教授。専門は都市交通計画、交通工学。交通安全の分野では特に生活道路の安全対策について取り組まれています。1996年のコミュニティゾーンから近年のゾーン30プラスに至る種々の取り組みのなかで、「この分野の難しさ、そして何より重要さを痛感している」と言われています。著書(共著)に、『改訂 生活道路のゾーン対策マニュアル』『改訂新版 読んで学ぶ交通工学・交通計画』など。

はじめに:生活道路の安全対策への取り組み

本日の講演には、今日お話しする内容の全てを込めたタイトルをつけました。私は特に交通事故の中でも市街地の問題に取り組んでおり、市街地で人が亡くなったり、大きな怪我をしたりする事故は、減らすのではなく「なくす」、つまり根絶しなければならないと考えております。そのための道筋として「通学路Vision Zero」を提案し、その具体的な内容についてお話しさせていただきます。

抜け道問題の深刻化:インテリジェント・ラットランナー

私は長年、生活道路と呼ばれる狭い道の安全問題に取り組んでまいりました。その中でも特に顕著な例が「抜け道問題」です。この問題は今世紀に入り、カーナビやスマホのナビアプリのようなツールの普及によってさらに深刻化しています。私たちはこれを「インテリジェント・ラットランナー問題」と呼んでいます。

「ラットランナー」とは、アメリカの俗語で、住宅地の中をネズミのように走り回る抜け道利用者を指します。近年、これらのツールがどんな狭い道でも案内するため、ドライバーは意図せず危険な抜け道に入り込んでしまうことがあります。案内されたほうのドライバーも驚くでしょうが、地域住民にとっては大変な迷惑であり、危険です。
技術の進展が、かえって問題を悪化させた一例と言えるでしょう。

交通死亡事故の現状と課題

多数の線が描かれた折れ線グラフです。

図1:30km/h制限のある道路における車両速度の計測結果

生活道路におけるもう一つの大きな問題は、速度超過です。図1は、30km/h制限のある道路における車両速度の計測結果で、横軸が距離、縦軸が速度、一本一本の線が個々の車両の速度を表しています。これを見ると、速い車は50km/h近くで走行しており、最も遅い車でさえ道路の中央付近では30km/hを超えています。規制速度は守らないというのが日本の悪い常識になってしまっています。

日本の交通事故死者数は、1970年(昭和45年)をピークに長らく減少傾向にありましたが、2020年頃から明らかに横ばい、あるいは微増の傾向が見られます。 2020年は新型コロナウイルスの影響で人々の移動が大幅に減少した年であり、本来であれば死者数はもっと大きく減少していたはずです。しかし、実際には下げ止まったということは、死者数を増加させる何か別の要因が発生し、コロナ禍による減少効果と拮抗した結果であると私は考えています。この状況は非常に深刻で、原因として高齢ドライバーの増加などが指摘されているものの、特定には至っていません。

次に、マクロ的な視点から国際比較を見てみましょう。人口10万人あたりの死者数(事故発生から30日以内)を見ると、日本はノルウェー、スウェーデン、アイスランドに次いで4番目に少なく、比較的安全な国の一つと言えます。

しかし、その内訳を見ると日本の課題が浮き彫りになります。日本は高速道路での死者数は非常に少ない一方で、市街地での死者数がノルウェーやスウェーデンの3~4倍と突出して多くなっています(図2)。日本の交通安全対策は、市街地に焦点を当てる必要があることがわかります。

各国の道路タイプ別の交通事故死者数を示す棒グラフです。

図2:国別・道路タイプ別 人口10万人あたり交通事故死者数(最も安全な10カ国)

さらに事故時の状態別で見てみると、歩行中の死者数が死者全体の36%と圧倒的に多いことがわかります(図3)。これは欧米諸国の1~2割という数字と比較して極めて高い数字です。

歩行者、自動車乗車中などの状態別の各国の10万人あたり交通事故死者数の棒グラフです。

図3:国別・状態別 人口10万人あたり交通事故死者数(最も安全な10か国)

また、歩行中・自転車乗用中の死者が自宅からどのくらいの距離で事故に遭っているかを見ると、全体の約55%が自宅から500m以内で発生しています。特に幼児の場合は、半数が50m以内で事故に遭っており、家の前で遊んでいたら車に轢かれるといった悲劇が数多く起きていることがわかります。
これらのデータを掛け合わせると、日本の交通事故死者全体の約2割が「家の近くを歩いていた歩行者」であるという計算になります。昨年の死者数で言えば、500数十人の方がこれに該当します。したがって、日本の交通安全対策で最も優先すべきは、「家の近所を歩く歩行者の事故をなくす」ことであると結論づけられます。

2025年度(第31回)総会を開催しました