海外に学ぶ安全最優先 歩行者の安全重視の政策、街づくり

路面電車が走る道路

路面電車が走る道路(撮影 安達博)

はじめに

 交通事故(事件)は減ったといわれますが、安全を実感している人はどれほどいるでしょうか。
 日本では今も交通事故で年に4000人以上の人が死亡し、3000人以上の人が重傷を負っています。(最近5年間の平均。死者数は事故後30日以内の数)
 交通事故は世界各国で起きている問題ですが、日本の場合は、歩行者と自転車利用者(交通弱者)の被害が多いのが特徴です(図1)。

図1 交通事故死者に占める歩行者と自転車利用者の割合(内閣府「交通安全白書」2021年版)

図1 交通事故死者に占める歩行者と自転車利用者の割合(内閣府「交通安全白書」2021年版)

 この傾向は長年変わらず、近年は高齢の犠牲者が増えています。通学路の危険箇所は7万カ所を優に超えています。日本の道路は、いわば弱肉強食の世界です。

通学路の危険個所は今も7万2千か所放置されている。

通学路の危険個所は今も7万2千か所放置されている。

危険な通学路

危険な通学路

通学路を急いで渡る児童たち

通学路を急いで渡る児童たち(撮影・上2枚とも 安達博)

トラックが迫る横断歩道

トラックが迫る横断歩道

松戸市 歩道のない道路

松戸市 歩道のない道路(撮影 杉田正明)

弱者優先の欧州 歩行者の安全を重視した道・街づくり

 では、交通弱者の被害が少ない国と日本とでは、どのような点が異なるのでしょうか。
 欧州の交通事情の研究情報によると、オランダやドイツなど欧州の国々では、半世紀も前から歩行者の安全を重視した道・街づくりを進めています。住宅地には車の進入や速度を抑制した、歩行者を優先し子どもが遊べるエリアを増やしています。

オランダの歩行者優先エリア、ボンエルフ。道幅を狭め、ハンプ(道路隆起)や杭(くい)などでクルマが速度を出せない工夫をしている。

オランダの歩行者優先エリア、ボンエルフ。道幅を狭め、ハンプ(道路隆起)や杭(くい)などでクルマが速度を出せない工夫をしている。

オランダハウテン 安全なエリアを歩く親子連れ

オランダハウテン 安全エリアを走る自転車

オランダ ハウテンの安全エリア(撮影・上の1枚とも 安達博)

ドイツの歩行者優先エリアの標識 子どもが遊べることを記している。

ドイツの歩行者優先エリアの標識 子どもが遊べることを記している。

ドイツの歩行者優先エリアの標識 子どもが遊べることを記している。(撮影 高橋大一郎)

 人々の歩行者優先意識も浸透しており、信号のない横断歩道でも歩行者を見たら、ほとんどの車は止まるそうです。(これは当然の順法義務ですが、日本では止まらない車が7割です。日本では、横断歩道ですら歩行者の安全は保障されていないのです。)

日本の信号のない横断歩道は合図をして体を張らないと車が止まらない

日本の信号のない横断歩道は合図をして体を張らないと車が止まらない(撮影 安達博)

参考記事

安心して遊べる道は子どもの成長にも地域のにぎわいにも大切

死者ゼロ目標 「ビジョン・ゼロ」

 交通事故死者が少ないことで知られるスウェーデンは、1997年から交通事故死者と重傷者を長期的にゼロにするビジョン・ゼロ政策を進めています。注目すべきは、「交通事故による命・健康の損失は許されない。交通の利便と人命をてんびんにかけてはならない」という決意です。
 また、重大事故を徹底検証し、「交通安全の責任は、交通システム関係者と利用者双方にある」と、責任を明確にしている点です。人はミスを犯すということを前提に、事故を起こさせない道路構造や装置などの対策に力を注いでいます。

ビジョンゼロの資料の表紙

 運転者教育や交通違反の罰則も厳しいそうです。
 ビジョン・ゼロの取り組みは今ではEU全体に、また、アメリカなど世界各国に広がっています。
 ノルウェーでは2019年、16歳未満の交通事故死ゼロを達成しました。

参考リンク

交通死者・重傷者をゼロにする海外の政策〈ビジョン・ゼロ〉のその後 ―「クルマ社会と子どもたち」(そのⅢ)―(今井博之)

クルマ社会と子どもたち(その後) 表紙

「クルマ社会と子どもたち」(その後):交通沈静化の海外の取り組み (今井博之)

ビジョン・ゼロの視点で交通安全対策を – クルマ社会を問い直す会

進む速度抑制、人中心の街作り。一般道は時速30㎞以下に

 近年、フランスのパリなど多くの国や都市で、市街地の一般道を時速30キロ以下に制限する動きが拡大中です。車道を削って歩道を広げ、人々のにぎわいを増やす街づくりや、自転車道の増設も進んでいます。環境保全の観点から路面電車などを使いやすくし、車利用削減に取り組む街も増えています。

フランス ストラスブールのジグザク道路

フランス ストラスブールのジグザク道路(撮影 杉田久美子)

クルマ中心から人中心の街に変貌したドイツ・ライプチヒの市庁舎前広場

クルマ中心から人中心の街に変貌したドイツ・ライプチヒの市庁舎前広場(撮影 木村護郎クリストフ)

参考リンク

パリ全域で車の速度制限30キロに、安全・環境対策で | Reuters

日本も車の利便より命を第一に

 欧州の国々と日本とでは人口密度も社会の諸事情も異なりますが、学びたい点があります。車の利便より命を第一に守るという、国の本気の責任意識と姿勢です。
 日本には車が8000万台近くありますが、道路の安全対策はその数に全く見合っていません。歩道は極めて少なく(図2)、人のすぐ脇を車が疾走しています。歩道設置が進まないなら、速度規制や走行規制を実施すべきです。速度違反が常態化している現状では、厳しい対策が急務です。
 一般道路で制限速度標識がない所の最高速度は時速30km以下とし、学童が通学する道路や住宅街の道路、保育・教育・公共施設等の周辺道路は歩行者最優先として車は「徐行」を原則とするべきです。

図2 日本の歩道の設置率(国土交通省「道路統計年表」2020)

図2 日本の歩道の設置率(国土交通省「道路統計年表」2020)

 信号つき横断歩道や歩車分離信号を増やすなどの物理的対策も必要です。歩行者の違法な道路横断が多いと聞きますが、横断歩道が少ないことも一因です。弱者の立場に立った対策が日本は遅れています。

歩行者対車の死亡事故の場所 円グラフ

図3 歩行者対車の死亡事故の場所
*歩行者と車の事故は7割が道路横断中におき、うち32%は横断歩道、13%は横断歩道付近で起きている。最近、高齢歩行者の横断歩道以外の横断が事故原因かのように指摘されることが多いが、横断行為自体は違法ではなく、横断歩道が少ないなど道路環境にも問題がある。

信号のない横断歩道での対歩行者死亡事故の危険認知速度 棒グラフ

図4 信号のない横断歩道での対歩行者死亡事故の危険認知速度
*信号のない横断歩道に近づいても減速・一時停止をせず、歩行者を無視して高速で走り抜けて歩行者を死傷させる車も多い。車の速度が時速30kmを超えると歩行者の致死率はぐんと上がる。

人が横断中は右左折車を止める歩車分離信号。警察庁は意義を認識しているが、設置率は全信号の5%に満たない。

人が横断中は右左折車を止める歩車分離信号。警察庁は意義を認識しているが、設置率は全信号の5%に満たない。
*写真の東京・多摩市の新大栗橋交差点は、右折のみ歩車分離式だったが、2015年に女児が青信号で横断中に左折トラックに命を奪われ、住民の訴えで完全歩車分離式に変更された。(撮影 長谷智喜/命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会会長)

 運転免許資格基準強化なども必須です。
 こうした対策は歩行者だけでなく、車利用者の命を守るものでもあります。車は便利な道具ですが、最も大切にすべき命を守るにはどうしたらよいかを、日本も真剣に考える必要があります。

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