2021年4月「交通の方法に関する教則」および「交通安全教育指針」に、信号機がない場所での横断について「手を上げるなどして運転者に横断の意思を明確に伝える」という指導が盛り込まれました。
この手上げ横断指導は本当に歩行者にとって安全で望ましいものでしょうか。この指導によって止まる車が多少増えるとしても、法違反を助長させ、別の危険を生じさせるリスクが潜んではいないでしょうか。
このページでは「歩行者の手上げ横断指導」は、ドライバーの法律違反を助長し、歩行者を逆に危険にさらすおそれが大きく、ドライバーの順法教育の徹底こそ最優先課題であるということをお伝えします。
(作成者 クルマ社会を問い直す会)
参考リンク
交通の方法に関する教則
交通安全教育指針(平成29年3月12日時点)
交通の方法に関する教則及び交通安全教育指針の一部改正について(通達)
クルマ側の法律順守が大原則。「歩行者がいたら止まれる速度で」の法は、衝突回避のための鉄則!
法律では 車は横断歩道等の直前で停止できる速度で進行し、横断しようとする歩行者等があるときは停止する決まり
道路交通法第38条では、横断しようとする歩行者がいる場合について、以下のように定めています。
(道路交通法第38条の抜粋)
横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前)で停止することができるような速度で進行しなければならない。横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
つまり、
「横断する人や自転車がいないことが明らかでない限り、減速していつでも止まれる態勢をとれ」
ということです。
運転手は「歩行者が手を上げているかどうか」に関わらずいつでも止まれる準備をしなくてはならない
「横断する人や自転車がいないことが明らかでない限り、減速していつでも止まれる態勢をとる」ことは人影が見えたら一時停止できるようにするために必須の準備行動です。
「手を上げているかどうか」を確認してからでは、確実に止まれる保障はありません。
歩行者の中には判断力や自制力が万全でない子どもなどもおり、行動も不安定で車とは比較にならないほど弱い存在です。
なればこそ、車を運転する者はいつでも止まれる準備をしなくてはならない、それが歩行者の安全な横断を担保する順守義務です。
歩行者の安全確保のための大原則であるこの法は、今、守られていますか?
手上げ横断指導は、ドライバーの道路交通法違反を助長する
「手上げ横断指導」は1978年以降は削除されていた
手上げ横断指導は1972年に「交通の方法に関する教則」ができた時点には記載されていたものが、78年から削除され、「車が近づいているときは通り過ぎるまで待つ」に変更されました。その指導が40年以上も続けられ、ドライバーの多くは歩行者が待つのが当たり前で車が優先と思い込み、止まらないことが常態化しています。
その実態は、停止しない違法行為を行う車が8割以上を占めるというJAFの「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査」結果(2020年)に、如実に表れています。
かつて「手上げ横断指導」が消えた理由
ところで、78年に教則から「手上げ横断指導」が消えた理由について、全日本交通安全協会の担当者は「手を上げさえすればクルマが止まってくれると思い込むと事故につながってしまう……といったことが考えられ、あえて文言をなくしたのではないかといわれています」と語っています(*1)。
(*1):「交通の方法に関する教則に表記がない?「手上げ横断」の謎に迫る」2020.08.16 ガズー編集部)
「歩行者が手を上げなければ減速しない」という新たな違法行為が常態化のおそれ
その心配は今も解消されてはいないのに、再び歩行者に手上げ横断をさせるのは、無責任です。
しかも、「車が近づいているときは通り過ぎるまで待つ」指導の上に「手上げ横断指導」を加えれば、新たに危惧されるのは、ドライバーの道交法38条順守義務の意識がさらに薄れ、「歩行者が手を上げなければ減速しない」という新たな違法行為が常態化していくことです。それは、JAFの調査結果の現状を見れば、火を見るよりも明らかです。
しかし、前述のように「手を上げているかどうか」を確認してからでは、確実に止まれる保障はないのです。
「歩行者の手上げ行為をドライバーが車を停止するかしないかの判断にしてもよいような指導」を警察が行うことは、警察が道交法38条を軽視していることと同じであり、ドライバーの違法行為をさらに増やし、歩行者の安全を脅かすことになり、断じて許されません。
手上げ横断は、弱者や外国人旅行者にも通用するルール?
心身にハンディがあり手を上げられない人や、外国人旅行者など手上げ指導を知らない人もいる
手上げ横断が当たり前だとドライバーが思い込むようになると、手上げ横断が難しい人(心身にハンディのある人、高齢者、両手に重い荷物を持った人等)や、その指導を知らない人(外国人旅行者を含む)などが、安全に渡れなくなるおそれが大きくなります。
欧米の多くの国では、横断歩道付近で歩行者を見かけたら車は必ず止まるという教育が徹底しています。イギリス人のある有識者は、日本の現状を見て「「横断歩道では車は止まってくれる」のを当たり前だと思っている外国人は、すぐに交通事故に遭ってしまうだろう」と警告しています(*2)。
(*2):朝日新聞2017年11月9日「私の視点」マーク・リバック氏
日本は、交通事故死者のうち歩行者の割合が先進諸国の中でも突出して多い
日本は、交通事故死者のうち歩行者の割合が4割近く(自転車を含めると5割以上)にのぼり、先進諸国の中でも突出して多い状態が長年続いています。
2021年6月末に起きた八街児童死傷交通事件に見るように未だに歩道もない道が多く、安全に渡れる信号も横断歩道も少なく、スピード違反の車が疾走する中を歩行者は危険にさらされながら歩いています。
そのような弱い立場の歩行者にばかり注意せよ自衛せよと半世紀以上指導し続け、それでもなお歩行者被害の割合が多い現状は一向に変わっていないのが現実です。
なぜ、欧米のように、ドライバーに「歩行者を見たら減速し止まる」という教育を徹底できないのか。
なぜ、歩行者にとって危険な個所、危険な状況を放置したままで、歩行者にばかり注意を強いるのでしょうか。
手を上げていたかどうかが問われる危険も
「手上げ横断も、それで歩行者の安全が少しでも増すならよいではないか」、という意見の人も多いでしょう。
しかし、「交通の方法に関する教則」「交通安全教育指針」に手上げ横断指導が盛り込まれると、それがあたかもルールであるかのように誤解され、もしも歩行者対車の衝突がおきた場合、歩行者が手を上げていたかどうかで過失責任が問われる事態も生じかねません。
これは杞憂ではなく、子どもが心身未熟でも飛び出しなどの過失を容赦なく問う現実を見ていれば、当然心配される懸念です。
歩行者の手上げ行為はあくまでも自由意思によるものであり、ドライバーの道交法38条の順守こそが歩行者の安全を守る基本原則であることを、国は、全国民に周知徹底させるべきです。
歩行者はサバンナの小動物のように逃げ隠れしなければならないのか!?
教則では、手上げ横断のほかに、「左右をよく見て、速やかに、横断中も車が近づいてこないかどうか周りに気をつけ、止まっている車の陰から別の車が突然出ることもあるから注意して」渡るように指導しています。
歩行者は、まるでサバンナで猛獣を警戒して生きる小動物のようです。しかも信号のある交差点でも、歩道や道路の端を歩いていても、歩行者の被害は絶えず起きています。日本の道路環境は、弱肉強食そのものです。
ドライバーの順法教育の徹底と質向上、そして交通弱者の安全を最優先した道路交通環境作りを
第11次交通安全基本計画は、「人優先の交通安全」思想をうたっています。
歩行者が手を上げなくても、びくびくしなくても安全に道路を渡り、歩くことのできる社会こそ人優先の社会というべきです。その実現のために、ドライバーの順法教育の徹底と質向上、そして交通弱者の安全を最優先した道路交通環境作りにこそ、国は全力を注ぐべきです。
以上、「歩行者の手上げ横断指導」は、ドライバーの法律違反を助長し、歩行者を逆に危険にさらすおそれが大きく、ドライバーの順法教育の徹底こそ最優先課題であることをお伝えしました。