日本で自動車が普及するにつれて、子どもが道で遊ぶことは困難になってきました。
それとともに「道はクルマのもの。子どもが遊ぶなんて非常識!」という考えが日本では浸透しつつありますが、子どもが道で遊ぶことは本当に非常識なことなのでしょうか。
このページでは、子どもが近所の道で安全に遊べることが、子どもや社会にとって非常に大切であることをご紹介します。
(作成者 クルマ社会を問い直す会)
子どもにとって、遊べる道は大切
遊べる道があると子ども達の外遊びの時間が増える
スイスのマルコ・ヒュッテンモーゼル博士は、チューリヒに住む5歳児を対象に、かれらの発育や発達に対して、身近な道路環境がどのような影響を与えているかを研究しました。(※1、※2)
- A群:ボンネルフ内に住んでおり、自宅の前の道で遊ぶことができる環境に住む子ども
- B群:日本と同じように自宅前は危険であり、道で遊んではいけないという環境に住む子ども
に分けて、両者の遊び時間や遊びの種類、発育や発達について詳細な検討を行ったのです。
※ボンネルフ 歩行者と自動車の共存をはかる街路整備の方式。オランダの住宅地で始まった。
その結果、
A群(遊べる道がある)の子どもは2時間以上外遊びをすると答えたものが半数以上、
B群(遊べる道がない)の子どもは半数がまったく外遊びをしないと答えています。
5歳児の自宅前の道路環境と外遊びの時間
※1 Huttenmoser M. “Children and their living surroundings; Empirical investigations into significance of living surroundings for the everyday life and development of children” Children’s Environment, vol.12, p.1 – 17, 1995
※2 Huttenmoser M. The Proceedings of the International Conference of Childstreets 2005, Aug. 2005
遊べる道があると、子どもの遊びは多様性に富む
さらに、A群とB群では遊びの多様性にも差がありました。
B群(遊べる道がない)の子どもたちは自宅前の道で遊べず、公園まで子どもだけで行けず保護者に連れられて来るので、遊べる時間が限定されます。
公園で遊ぶので、自宅前で遊ぶときのように遊び道具をすぐ家に取りに帰ることもできません。
そのためA群(遊べる道がある)の子どもたちの方が遊びが多様になります。
外遊びの種類
この研究では以下のようなことがわかっています。
子どもが遊べる道があると
- 外遊びの時間が多い
- 遊びの種類と経験が豊富
- 社会性を発達させる機会が多い(大グループ遊び、友だちの家を訪問、大人との接触など)
- その子どもの親も、他の親との接触が有意に多い
※ Huttenmoser M. “Children and their living surroundings; Empirical investigations into significance of living surroundings for the everyday life and development of children” Children’s Environment, vol.12, p.1 – 17, 1995
※ Huttenmoser M. The Proceedings of the International Conference of Childstreets 2005, Aug. 2005
参考 道で遊ぶ子どもたちの様子
(欧州委員会のモビリティ・運輸総局が実施する持続可能な都市交通政策プログラム「CIVITAS」のTwitterアカウントより)
CIVITAS project @EuMetamorphosis set out to transform car-oriented streets into safer child-friendly 🤸🏽♀️ #neighbourhoods with less pollution.
The result? The # of #children using those spaces increased by 50%! 🥳🤹🏽♂️
Check out this impactful project 👉 https://t.co/0tFOfVnNzO pic.twitter.com/MvJ0CwRiTF
— CIVITAS Initiative (@CIVITAS_EU) May 26, 2021
子どもが遊べる道は、大人にとっても大切
クルマの交通量増加が住民の交流を妨げる
クルマの交通量が増えると住民の社会的交流が妨げられるという研究は多数あります。
ハートJは英国のブリストル市で交通量と住民の交流の関連を調査しました。(※3)
ハートは、ブリストル市内の道路のうち、交通量が少ない、普通、多い、の3路線を選び、その沿線の住民の調査を行いました。
その結果、交通量が増加するにしたがって知人や友人の数が減って行く、という結果になりました。交通量の少ない路線住民の友人知人数の平均は 11.5人であるのに対し、交通量が最も多い路線では4.0人と半分以下になっています。
交通量と友人・知人の平均数(道路の同じ側と反対側別)
※3 Hart J. Driven To Excess: Impacts of Motor Vehicle Traffic on Residential Quality of Life in Bristol, UK. 2008
交通量と路上でのアクティビティー
下図は、交通量と道路でのアクティビティーを調べたものです。
ペットの散歩、道端での会話、路上での遊び、それを見守る親、これらは全て交通量で大きな影響を受けています。
路上でのアクティビティー
参考 道で遊ぶ子どもと、住民の交流の様子
Life on a Dutch Woonerf (Living Street)| Streetfilms
子どもが遊べる道にする方法
ボンネルフで子どもが遊べる道を実現できる
オランダ政府は1976年9月に新しい道路交通法を制定しました。ボンネルフと指定した区域内においては、従来の一般道とは異なる交通法規を適用するというもので、その基本的理念は以下のようになっています。
ボンネルフの基本理念
- 優先権を自動車に与えない
- 道路で遊ぶことを禁止しない
- 歩道に駐車させない
- 高速で走れない
ボンネルフの区域内では、歩行者も自転車も自動車も同等の権利を有しています。
例えば、三輪車に乗った子どもが前にいたら、後続のクルマはクラクションを鳴らすことができません。つまり優先権を主張できず、三輪車の後をついてゆくしかありません。
このような理念を、人々の善意にだけ頼るのではなく、道路にこぶを設ける(ハンプ)、杭を打つ(ボラード)、プランターなどを置いて道をジグザグにしたり狭めたりする、などなど様々な工学的手法によって速度抑制を強制して実現しているのです。(※4)
※4 今井博之. クルマ社会と子どもたち(その後): 交通鎮静化の海外の取り組み. クルマ社会を問い直す会. (東京)2004年
By Erauch, CC BY-SA 3.0, Link
ボンネルフ
By User:Luctor – Own work, Public Domain, Link
ボンネルフ
ボンネルフの具体例
次の写真はオランダのハーグとデルフト市の間にあるライズバイクという所のボンネルフの写真です。
見通しが悪いのでクルマは速度を出せませんし、ボラードと呼ばれる杭によって、同一平面上の道で、子どもたちは安心して遊ぶことができます。
ゾーン30
次の写真はオランダのハーグにある「ゾーン30」です。
ゾーン30内の道路は、全て時速30km制限となっています。
ボンネルフ内の道路の建築・維持にはコストがかさむので、その代用としてこの「ゾーン30」が広がったのです。
(上の写真2枚 撮影 今井博之)
ゾーン30の「30km」の根拠
次の図は、クルマ対ヒトの衝突事故が起こった場合の歩行者外傷の重症度と衝突時の速度の関係です。(※5)
時速30kmのときの死亡率は5%ほどですが、時速30kmを超えたとたんに重傷率あるいは死亡率が急峻に増加しています。居住地域でのクルマの速度が30kmを超えることは許容できないのです。(時速30㎞でも決して安全な速度ではないことから、今では欧州の各地などで歩行により近い速度へと規制が行われています。)
衝突時のクルマの速度と歩行者外傷の重症度との関係
※5 今井博之. クルマ社会と子どもたち(その後): 交通鎮静化の海外の取り組み. クルマ社会を問い直す会. (東京)2004年
ボンネルフで事故は大幅に減る
ボンネルフを発祥として、歩車共存、クルマの速度制御、公共交通の充実などを主な柱とする交通鎮静化政策が進展しました。
デンマークも1978年に道路交通法を改正し、オランダと同様にボンネルフを広げていきました。
エンゲルらのデンマークでの研究(1992年)(※6)によると、ボンネルフ導入の前と後では、自動車の走行距離あたりの交通事故率は72%減少し、重傷事故に限定するとその減少率は78%減という著しい効果が示されました。
※6 Engel U, Thomsen LK. Safety effects on speed reducing measures in Danish residential areas. Accid Anal Prev 24: 17, 1992
参考 ボンネルフの様子
Street Planning and Design Study Tour: Delft, The Netherlands
参考 交通鎮静化を進める街の様子
(上の写真3枚 撮影 高橋大一郎)
ボンネルフで犯罪も減る
英国の擬似ボンネルフ「ホームゾーン」
英国でホームゾーンと呼ばれる擬似ボンネルフの建設が急ピッチで進められています。
ホームゾーンの効果を評価するために、ホームゾーン建設の前後で何がどのように変ったのかというビフォー・アフター研究が多数報告されています。
By David Smith, CC BY-SA 2.0, Link
ホームゾーン
By Stoem – Own work, CC BY-SA 4.0, Link
ホームゾーン
交通の鎮静化で住民同士の会話が増える
ブリストル市のサウスビルという地区に建設されたホームゾーンの前後比較が行われています。(※7)
対照地域と比較すれば、ホームゾーンに変えてからの方が近隣の住民同士の会話が増えていることが明瞭です。
以前よりも近所の人とよく話すようになりましたか?
※7 The Center for Transport & Society. Southville Home Zone: An Independent Evaluation. 2006
交通の鎮静化で犯罪が減る
サウスビルのホームゾーンでの前後比較ですが、地域に関する様々な不安が、前後でどのように変化したのかという調査があります。
この調査によると、地域での反社会的行動や、身体の危険に対する不安など、治安面も改善しています。
様々な不安を感じている住民の割合(ホームゾーンへの変更前後での比較)
英国プリマウス市のモーリス・タウンという地域でのホームゾーン変更前後のデータ(※8)によると、ホームゾーンへの変更によって総犯罪件数は年間92件から9件へと10分の1に激減しています。
ホームゾーンへの変更前後での犯罪件数(罪種別)の変化
交通事故から子どもが守られる安全な道路環境、幼い子どもが自宅近くの道路で遊べる豊かな「こども道(child street、child friendly street)」、そのような道には、住民の出会い、語らいあい、人の眼が多いので犯罪も少ないのです。
※8 TRL Report TRL640 Pilot home zone schemes:Evaluation of Morice Town, Plymouth. 2005
参考文献
- クルマ社会を問い直す 第56号(2019年7月)(PDF)
- 子どもにやさしい道がコミュニティを育てる(PDF)
- 『子どもが道草できるまちづくり―通学路の交通問題を考える』仙田満+上岡直見編、学芸出版社、2009年
参考リンク