1年間ザクセン州最大の都市ライプツィヒに家族で住んだ経験を元にドイツの町と交通の様子をお伝えします。ドイツは環境先進国のイメージがありますが、ライプツィヒはドイツの中で特に先進的な取り組みをしているわけではなく、ごく一般的な町の1つです。
(文責:木村護郎クリストフ)
※このページの写真は特に断りのない限りドイツのライプツィヒ市内の写真です。
ドイツ、ライプツィヒの交通政策の概要
ドイツ、ライプツィヒの場所
道路はだれのためのもの? 30年間でドイツはどう変わったか
30年前、ドイツの公共放送が「あなたの世界、わたしの世界」という歌を流しました。
あなたの世界では安心して目的地に着く、わたしの世界ではほとんど外で遊べない。
もっと子どもの場所を! こんな危険はもういやだ!
町はあなたとわたしのため そうなったらすばらしくない?
(Rolf Zuckowski, Deine Welt, meine Welt)
大人と子どもの断絶を招いたクルマ社会の現状を訴えるこの歌から30年が経ち、ドイツはどう変わったでしょうか。
ドイツにはいくつもの環境団体があり、多くの市民が参加しています。特に大きい全国規模の団体には数十万人の会員がいます。行政への影響力も多大です。
図1は最大規模の環境団体「ドイツ環境・自然保護連盟」が作ったパンフレットの図です。今までは(A)のように道路はクルマが主役で当たり前だったが、これからは(B)のように路面電車やバスなど公共交通とクルマ、自転車、歩行者のどれもが道の主役であるべきだ、というものです。
日本の常識は今も(A)ですが、ドイツは今(B)に向けて変貌の移行期間といえます。
図1「ドイツ環境・自然保護連盟」(BUND)作成のパンフレットより。
(BUND Stadt fair teilen! https://www.bund.net/fileadmin/user_upload_bund/publikationen/mobilitaet/mobilitaet_stadt.pdf)
国の三大転換の1つが交通
今、ドイツでは「エネルギー・食事・交通」の3つの転換に取り組んでいます。
エネルギーの転換
エネルギーは原発や化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を進め、省エネルギー対策にも重点がおかれています。道路の信号も夜間や日曜日など交通量が少ない時間は切ってしまうほどです。
食事の転換
食事は、健康と環境負荷の両面から肉食を減らそうとしており、有機農業は日本の10倍以上の割合で、外食店でベジタリアンやビーガン対応は当たり前になっています。
交通の転換
3つ目の交通の転換、これが一番遅れており、クルマの温室効果ガス排出量は90年代から減っていないのが課題となっています。
ベンツ、フォルクスワーゲンなど自動車企業が多いという国柄も影響しているかもしれません。しかし、国内最大の環境団体の青年部は、
- 「車がない方が楽しめる」
- 「道路を蒔く者は(自動車)交通を収穫する」
- 「近距離飛行は昆虫限定」
- 「駐車場(Parkplatz)のかわりに公園(Park)を」
など、ことば遊びを活かした標語をつくって意識転換を呼びかけています。
自然豊かで市電網が充実したライプツィヒ
ドイツの多くの町では日本より市電が多く走っており、自転車道も整備が進み、市の中心街は歩行者天国が当たり前となっています。ライプツィヒもその1つで、気候危機対応のモデル都市の1つに選ばれ、持続可能な交通計画を策定し、急速に変革を進めています。
ライプツィヒはバッハやメンデルスゾーンなどの音楽家が暮らした町で、今も「音楽の町」として有名ですが、市の2割が森・水・公園という自然豊かな地域でもあります。町の中で緑陰散歩や、水路でのカヌーやボート乗りも楽しめます。
かつては、市内の大きな公共施設や買い物センターなどの前は広大な駐車場でクルマが満杯でしたが、今は、駐車場をなくすか地下化しており、地上は歩行者用の広場や公園になっています。
路面電車の路線網は市内の延べの長さが約300kmと充実しており、ドイツで最大級です。さらに、近郊ともつながる都市鉄道(Sバーン)があります。数十年前からオペラやコンサートの券は公共交通の切符も兼ねており、駐車禁止が多い市中心部でも「公共交通には駐車禁止はない」と便利さをアピールしています。
クルマの占有空間のむだを環境団体が批判
ライプツィヒはドイツ自転車連盟発祥の地でもあり、市内には交通関連の市民団体が多くあります。
市内生活道路の時速30km制限を提唱
「交通転換ライプツィヒ」という市民団体は、市内の生活道路を時速30kmにと提唱しており、市長も賛同しています。
クルマの占有空間がいかに無駄かを示す取り組み
この市民団体は、2021年9月のモビリティウィーク*で、「歩行車行列」というアクションを行い、ドイツ連邦環境省の移動企画部門で1位をとりました。クルマと同じサイズの木枠に人が入って道路を歩き、クルマがいかに町中でスペースを占有しているかを示したものです。歩行車を105台連ね、ギネスブックにも登録されました。
*モビリティーウィーク:1997年にフランスの都市で始まった、持続可能な交通社会を目指す運動。世界約3000都市が参加している。カーフリーデーはその行事の1つ。
市が自動車交通を減らす目標を提示
この環境団体は、ライプツィヒの交通転換政策はまだ充分ではないと指摘しています。「自転車道が連続していない所や車道との区分が明確でない所がある、違法駐車が多い、バスや電車の1日乗車券が駐車券よりも高額、歩道や自転車や公共交通の道路スペースがまだ少ない」等です。
一方の市は「移動方略2030」として、現状の移動手段の割合を2030年には「クルマ40⇒30:公共交通18⇒23:自転車17⇒23:歩行者25⇒24」にするという目標を掲げています。
歩行者の目標が下がっているのは、高齢者の増加などを考慮しているのかもしれません。
クルマを減らす対策としては、カーシェアを基本にするとともに電気自動車に切り替える、自転車高速道の整備(図2)、市電の幅の拡張による輸送力増強やデマンドバスの充実、アプリで移動手段の確認や手配ができるシステム(MaaS)の推進、などの案を示しています。今後の変革が期待されています。
ライプツィヒの町と交通の様子
乗り降りしやすい路面電車が縦横に
鉄道のライプツィヒ駅はドイツ最大級の駅舎で知られています。
路面電車は町の至る所を走っており、クルマより早く目的地まで移動できる場合もあります。
道路との段差がほとんどなく、停車場などではレールを道路より下げるように工夫されており、車いすでもスムーズに乗り降りができます。
都市鉄道路線Sバーン
また、市中から郊外までを結ぶSバーンという都市鉄道路線もあります。Sバーンは中心部では地下を走っています。旧市庁舎前の広場では火曜と金曜に市場が開かれ、クルマは禁止ですが、地下に降りればSバーンに乗れるので、移動に不自由はありません。
クルマより自転車のほうが便利
自転車を利用する市民も多くいます。
自転車の無料駐輪場所が多い
自転車の駐輪は無料です。市内の至る所に駐輪用の手すり風の金属バーがあり、チェーンで結びつけます。
整備が進む自転車道
自転車道は車道と明確に分離した所が増えており、高齢者なども安心して利用できます。自転車は道路交通システムの中に明確に位置づけられ、信号機も道路標示も専用があり、交通ルールも浸透しています。
場所によっては自転車優先道路もあり、そこでは堂々と道の真ん中を走れます。
自転車道が未整備の道路も整備が進行中
まだ自転車道が未整備の道路もありますが、徐々に整備が進んでいます。
日本のように道路を拡幅するのではなく、車道を減らして自転車道や歩道を増やすというものです。
自転車を使う方が便利な所が多い
自転車利用が多いのは、クルマより自転車を使う方が便利な所が多いためでもあります。
商店街なども駐車場がない所が多くあります。私がよく行っていた誰でも集える交流スペースも同様でした。
町の中心に広がる歩行者の空間
町の中心部は歩行者専用の道路や公園が広がっています。
学校前の道路も自動車の進入を規制
スケートボードができる広場もあり、学校前のスペースもクルマは入れないので、生徒がのんびり集っています。
飲食店がテーブルを出しくつろげる道路
道路には飲食店がテーブルを出し、くつろげる空間を作り出しています。時間によっては商品搬送用のクルマが入りますが、それ以外はボラード(杭)で進入禁止にしています。
浅草の仲見世通りのような歩行者専用の通り「パサージュ」
また、浅草の仲見世通りのようなパサージュという歩行者用の細い通りが多くあり、歩いてゆっくり買い物を楽しめます。
クルマの乗り入れを規制し、歩いて楽しく景観も美しい市中心部
クルマの駐車場を地下にして、クルマできた人も公共交通や徒歩に変える「パークアンドライド」を導入し、地上の広大な空間を歩いて楽しく景観も美しい町にしたのは、ダイナミックな都市計画によるものだと思います。
ドイツ、ライプツィヒと日本の交通事情を比較して、一問一答
日本で暮らすKさんと、ライプツィヒで生活した経験のあるYさんの、ドイツ、ライプツィヒの交通事情と日本の交通事情を比較した会話を聞いてみましょう。
自転車の駐輪について
ちなみに、ライプツィヒでは駐輪用バーがなければ木や柱に結びつけることもあります。鍵をつけないとすぐ盗まれます。
公共交通を子連れで利用するときの問題
車内は日本よりうるさいです。ドイツから日本に来た人が、日本の車内が静かなので驚いていました。
長距離列車では子どもが騒いでもよい車両がある場合もあります。駅のエレベーターも使いやすい場所に設置されています。
ドイツと日本の暮らし、環境の比較
ライプツィヒはコンパクトシティーで、市電1本でプールや公共施設にも行け、人との距離も近いので生活はしやすいと思います。
ドイツの交通の問題点
また、自転車道の整備は進んでも人々がクルマを手放すまでには至らない点です。駐車料金を高くするなど政策的インセンティブが必要と思いますが、クルマを制限する方向の発想がまだ弱いです。クルマを手放した人に自治体が市内公共交通利用の補助金を出すなどの試みはあります。
歩道橋
クルマが楽をして歩行者に不便な上を歩かせようという発想自体がないのかもしれません。
郊外型ショッピングセンター
自転車道の構造
公共交通の料金
まちづくりへの市民の参画
また、環境団体が多いそうですが、市民がまちづくりにどのように参画していますか。
市民参加は、専門家が作るいくつかのシナリオをもとに市民が検討に参加しています。
学校では、市長と生徒代表が町をどう変えたいかなどについて議論することもあります。政治的なことを考える生徒の会もあります。
市民が政治に参画するオプションが多数あります。
西欧諸国の歩行者・自転車中心の町作りは行政の指導か、市民の主導か
日本でも変えていくにはどうすればよいでしょうか。
選挙などでも争点になります。市民と議会が日本より近い印象があります。
日本で話し合いの文化を根づかせようと努力したクラウス・シュペネマンというドイツ人がいます。単なるおしゃべりでも相手を打ち負かすディベートでもなく、自分が変わるための話し合いの文化をいかに作るかが大事です。
ドイツ人は議論好きで、学校でも生徒が政治や町をどうしたいかよく議論します。国民性の違いもあると思います。
市民の議論への参加と労働時間などについて
公務員も話し合いのため残業すれば別の日に休みを取ります。ドイツは客へのサービスより自分を大事にします。
ドイツの道路に関する規制や法制度
自転車優先道路は私にも新しい発見でした。歩行者優先の生活道路でもクルマ中心の幹線道路でもない、新たな発想の道です。
ドイツの脱クルマ依存の取り組みと自動車産業の関係
一方自動車産業も肩身が狭い自覚はあり、モビリティー総合カンパニーになろうとしています。
失業者を多数出さないようどう転換を進めていくか今後の課題だと思います。
横断歩道
歩行者・自転車優先の取り組みに対する市民の反対について
クルマが不便になるからという理由で道路改善に反対した話は聞きませんでした。多くの人が歩行や自転車による移動を経験しているからかもしれません。
痴漢など通勤満員電車の問題