「ガソリン値下げ」と自動車の社会的費用

社会的費用を負担してこなかった自動車利用者

ここまでは自動車利用に直接係わる道路や駐車場を見てきたが、自動車は他にも様々な悪影響を及ぼすことが知られている[4]

本誌でも表紙に掲げられているように、本会でも自動車の濫用により引き起こされる様々な社会問題をスローガンに掲げているのはご存じの通りだ。

クルマ優先でなく人優先の社会へ。安全に道を歩きたい。
排気ガス、クルマ騒音のない生活を。公共交通、自転車は私たちの足。
守ろう地球。
減らそうクルマ、増やそう子どもの遊び道。

例えば鉄道で言えば新幹線等の騒音問題に対し防音工事を施すなどして、それらは鉄道会社が負担(つまり乗客が支払う運賃等で負担)しているが、自動車は様々な問題を引き起こしながら、その費用はほとんど支払っていない。
例えば喘息公害の被害者は医療費すら自腹で負担させられている[14]

気候変動(地球温暖化)も年々深刻さを増している。欧州のNGOが試算した『世界気候リスク指標2021』[15]では、日本は世界で4番目に気候リスクが高い国とされた。その前の2018年には1位とされていた。

年々悪化する夏の酷暑と気象災害を見るにつけ、気候変動によるリスクが他人事ではなく自分事になっていると感じている人も多いだろう。

気候変動により気象災害が激甚化・頻発化しており[16]、しかし道路は税金を使って速やかに修復されるので自動車利用者への影響は軽微に留まっているのに対し、鉄道は災害復旧も原則として事業者負担(→鉄道利用者の運賃負担)で実施する制度になっているため、鉄道利用者の負担が過重(ないし自動車利用者の負担が過少)となっている。

このため、2025年7月末時点で、2020年の豪雨災害で不通となってしまったJR肥薩線(八代~吉松)、2022年のJR米坂線(坂町~今泉)、2023年のJR美祢線および山陰本線(人丸~滝部)、2024年のJR陸羽東線(鳴子温泉~新庄)などがいまだ復旧できずにいる。そして2025年8月初旬にも九州や北陸で線状降水帯による豪雨災害が起きてしまった。

そして、日本の家庭では気候変動の主因であるCO2排出量の1/4は自動車から出ている。言い換えれば、クルマに頼らない生活をしている人はそれだけで平均的な人の1.3倍もの貢献をしていることになる。

家庭部門における一人当たりの二酸化炭素排出量の円グラフです。照明・家電製品などから30.3%、自動車から26.9%、暖房から15.6%、給湯から12.9%、冷房から3.0%

一人当たりの二酸化炭素排出量(2023年度、家庭部門)
出典:全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)

環境省では「デコ活」(脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動)というキャンペーンを実施しているが、5km以上の通勤は月にわずか1日だけ公共交通に切り替えるだけで、CO2換算で1人年間35.1kgもの削減効果があるそうだ。つまり毎日電車やバスで通勤している人は単純計算で年間702kg相当もの削減に貢献していると見ることもできる。

自動車メーカーの広告宣伝費で支えられている日本のマスコミがこうした事実に触れることはほぼないし、日本では自動車諸税が環境賦課金として機能してもいない。言い換えれば自動車ユーザーは他人に環境負荷を押し付ける形で自分だけ自動車の「利便性」を享受している格好だ。それであまつさえ「ガソリン値下げ」を要求するなど、自分さえ・今さえよければという利己的な態度に他ならない。

デコ活の資料です。「移動手段の見直しでCO2を削減」エコドライブの実施で年の節約金額9,365円年のCO2削減効果117.3kg-CO2/台、5km未満はクルマから自転車・徒歩通勤にすると年の節約金額11,782円、年のCO2削減効果161.6kg-CO2/人 など

一人当たりの二酸化炭素排出量(2023年度、家庭部門)
出典:全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)に筆者追記


【脚注・出典】

14. 東京都の「大気汚染医療費助成制度」など、一部の自治体では独自に補助制度が設けられたが、自動車メーカー等の受益者は負担を拒否していた。東京大気汚染公害訴訟  を受けて和解し、自動車メーカー7社は33億円、首都高速道路株式会社が5億円を拠出したものの、他の地域では負担を拒否し、さらに東京都でも追加の費用負担を拒否したことで、悲痛な訴えが続いている。
排気ガスでぜんそく発症…「死ぬほどつらい」日常 医療費助成制度を求める患者が審問で語った苦しみと不安(東京新聞、2024年12月19日)

15. 日本は世界で4番目に気候変動のリスクが高い国に台風・豪雨影響(Newsweek Japan、2021年9 月10日 )

16. 国土交通白書2022「第I部 気候変動とわたしたちの暮らし」序章「気候変動に伴う災害の激甚化・頻発化