鉄道利用者からは高額な運賃を徴収
日本ではいまだに公共交通は事業者の独立採算を原則としているため、鉄軌道があることによる公共の便益が評価されることはあまりなく、事業者が独立採算で「赤字」とされた路線は度々廃止されてきた。存続した路線でも鉄道の便益が乗客の「受益者負担」のみに矮小化され、他の便益は考慮されず、乗客の運賃負担が過大になっている例がある。
富山地鉄はその典型例で、運賃水準が極めて高い。地鉄が「経営の範囲」(≒黒字)としている区間であっても、鉄道利用者の割高な運賃負担で辛うじて支えられている状況にあり、健全とは言えない。
図2は、富山県東部を走る地鉄と「あいの風とやま鉄道」(旧JR北陸本線)の運賃(一部区間抜粋)を比べてみたものだが、ほぼ同じ距離の滑川~魚津(新魚津)間では1.8倍(IC運賃で比較)になっている。「あいの風」もJRから切り離された際に値上げをしているが、地鉄の運賃水準は一時的に利用する観光客はまだしも、日常的に利用する地元の人の負担は大きい。
なお、地鉄ではICカード「えこまいか」「パスカ」を使うと1割引になるので[12]、ICカード運賃で比べている(「あいの風」はICOCAでも現金でも普通運賃)。
第三セクター[8]でも運賃が高い会津鉄道(福島県)と比べても、なお地鉄の方が高い。関東地方で運賃が高いと言われて訴訟まで起きた[13]北総鉄道(千葉県)と比べてもなお5割高い。(図3)富山の家庭は裕福[14]と言われるが、それでも2倍裕福とは考えにくく、日常的に公共交通を使っている人の負担は過大だろう。富山では人口減少、特に若年日本人女性の転出超過が課題になっているが[15]、クルマ依存と公共交通の高額な運賃は人口減少の一因になっているのではなかろうか。

図2 地鉄と「あいの風」の運賃例(2025年10月現在)

図3 他地域の運賃が高い鉄道の例(2025年10月現在)
なお、富山市が一部区間で上下分離などの施策を入れている市内電車はIC運賃220円(普通運賃240円)均一で、1日乗車券は650円(富山駅前から280円区間内のバスと電鉄富山~南富山間の鉄道線にも乗れる)。首都圏の路線バス(例えば東京都営バスは210円均一、1日乗車券が500円。川崎市交通局は220円均一、1日乗車券が550円)並みに抑えられている。
クルマには駐車場をタダで提供
富山県民は裕福だから公共交通が高いが、クルマ利用にかかる費用も高い…のであればまだ納得感があるのだが、実際にはそうなっていない。鉄道利用者は高い運賃負担で鉄道を支えているのに対し、クルマ利用者は他県と同様、税金で整備した安い道路と無料駐車場を享受している[16]ありさまだ。
今回存廃が取り沙汰されている地鉄立山線は、立山黒部アルペンルートに向かう観光客に支えられていると言っても過言ではない。筆者も度々乗車しているが、アルペンルート営業中の立山線は朝夕に混み合い、とりわけ休日には車内がごった返している。
そしてもちろん、アルペンルートの観光業にも立山線が大きく貢献している。アルペンルートを運営する立山黒部貫光および旅館・山荘組合は連名で、立山線全線存続の要望書を県知事へ提出した[17]。2024年シーズンは約10万人が立山線に乗ってアルペンルートを訪れており、鉄道が廃止されれば観光客の利便性は著しく低下し、来訪客が減少すると警鐘を鳴らしている。
ところが、鉄道を利用する観光客がしっかり運賃を支払って地域交通に貢献しているのに対し、自家用車で立山駅に行く観光客にはなんと県が無料(!)で駐車場を提供している。
その上さらに、地鉄の維持のために観光客から追加運賃を徴収しようというアイディアが出ているようだが[18]、そもそも競合しているクルマと鉄道を分けて考えていることが非合理だし、電車利用が減って自家用車利用が増えては本末転倒だ。
仮に観光客から追加料金を徴収するのなら、鉄道利用者を狙い撃ちするのではなく、自家用車利用者も含めたアルペンルート立山駅利用者から徴収すべきだろう。そして、ただでさえ割高な地鉄の運賃を値下げする、運賃補助を出す、増便するなど、地元の鉄道利用者に還元して地元の鉄道利用者も増やすべきだ。

立山駅で改札を待つアルペンルート帰りの観光客

立山駅付近の駐車場案内図(2025年10月現在)
立山黒部アルペンルートWebサイトより引用
2024年のアルペンルート来訪者82.4万人の12%が地鉄を利用したという[19]。82.4万人のうち富山入込は39.7万人なので[20]、単純計算で富山入込客の1/4が地鉄を利用しているのだろう。
言い替えれば、富山入込客の3/4が立山駅付近の駐車場をタダで使っているのだから、このフリーライダーから真っ当に駐車料金を徴収するだけでも、事態は大きく好転しそうだ。
今は無料で提供されている立山駅周辺の観光客向けの駐車場に、電鉄富山~立山間の片道運賃(1,420円)と同額の駐車税を1日1台あたりで課せば、あっという間に立山線の維持財源を捻出できるし[21]、マイカー観光客1台あたりに負担させる駐車料金としてはむしろ安いくらいだろう。
そして、駐車場にも費用がかかるなら…と電車に乗り換える観光客が幾らかでも出れば、道路の渋滞緩和や公害・交通事故等の削減にと、地域住民にとっても極めて有意義だ。
ちなみに山岳観光地の尾瀬や谷川岳では1日あたり1,000円~1,200円の駐車料金を徴収しているし、富士山(富士スバルライン)は往復2,800円の通行料金を徴収しているが、それでも駐車場は混雑しているようなので、観光客にとって1日1,500円くらいの駐車料金は妥当と考えられる。
富山県に限らず全国の問題だが、国も都道府県も市町村も、道路や駐車場にはせっせと税金を注ぎ込んで、無料または廉価に使わせておきながら、マスコミもそれを批判することなく、一方で公共交通は事業者に丸投げし、公共交通の乗客からはキッチリ運賃を徴収し、マスコミは道路の問題に目を向けず公共交通だけを批判してきた。こうした国・自治体およびマスコミのダブルスタンダードが公共交通の減便や高額な運賃となって跳ね返り、公共交通の衰退に加担してきたことを反省すべきだ。
【脚注・出典】
12. IC運賃は地鉄独自の「えこまいか」「パスカ」を使うと自動適用される。ICOCA、Suica等のいわゆる交通系ICカードは使えない。
13. 「運賃高すぎ」北総線、ついに株主代表訴訟か 業を煮やした印西市長「運賃値下げへ」の秘策(東洋経済オンライン、2018年7月12日) https://toyokeizai.net/articles/-/228183
14. 富山の豊かさ―大きな所得と小さな格差― 富山地域学研究所 所長 浜松誠二 https://www.pref.toyama.jp/sections/1015/ecm/back/2018dec/tokushu/index1.html
「富山県では地域で生まれ育った中堅企業が中心となって地域の雇用を支え、地域の所得水準を引き上げるとともに世帯間の所得格差を小さなものとしている」ためと分析している。
15. 富山市人口減少・少子化対策庁内検討会議 https://www.city.toyama.lg.jp/shisei/seisaku/1010733/1017139.html
16. 本誌121号(2025年9月号)『「ガソリン値下げ」と自動車の社会的費用』を参照
17. 富山地方鉄道鉄道線のあり方検討会 第2回立山線分科会(令和7年9月1日開催)資料 https://www.pref.toyama.jp/800001/20250901tateyamasen.html
18. 「町の背骨」富山地方鉄道立山線、廃線危機から救えるか?観光客から宿泊税まで複数の財源確保策(富山テレビ、2025年10月19日) https://www.fnn.jp/articles/-/946753
19. 富山地方鉄道鉄道線のあり方検討会 第2回立山線分科会(令和7年9月1日開催) 当日配布資料「地鉄立山線(岩峅寺駅~立山駅間)の今後の方向性について」 https://www.pref.toyama.jp/documents/50010/07_kongonohokosei.pdf
20. 令和6年度 立山黒部アルペンルート営業概況について(立山黒部貫光) https://tkk.alpen-route.co.jp/wp/wp-content/themes/tkk002/pdf/ir-r061202.pdf
21. 実際には室堂直通高速バスの利用者がいたり、複数日滞在もいるが、仮にアルペンルート来訪者のうち30万人が立山駅付近の駐車場を1日だけ利用しているとし、国交省の統計で採用されている休日の乗用車1台あたりの平均乗車人員1.72で割って、17.4万台が無料駐車場を利用していると考えられる。ここから年間2億5千万円ほどの駐車料金収入が期待できる。立山線にかかる営業赤字は2億617万円(2025年度予算)※とされているので、立山線の営業赤字は全額回収できる。
※富山地方鉄道鉄道線のあり方検討会 第1回本線分科会(令和7年7月1日開催) 資料2-2 みなし上下分離モデルによる試算(令和7年度予算ベース) https://www.pref.toyama.jp/800001/20250701honsenbunnkakai.html
