交通問題参考図書 脱クルマ・ライブラリー 会報記事 都市計画

書籍の紹介『コロナで都市は変わるか 欧米からの報告』

投稿日:2021年3月1日 更新日:

書籍「コロナで都市は変わるか 欧米からの報告」の表紙です。

『コロナで都市は変わるか 欧米からの報告』
矢作 弘、阿部大輔、服部圭郎、ジアンカルロ・コッテーラ、マグダ・ボルゾーニ 著
学芸出版社
2020年12月刊 282ページ
2420円(税込み)
ISBN 978-4-7615-1372-6

2019年末から流行し始め、2020年には世界に蔓延した新型コロナウィルス感染症(COVID19)。多くの死者・罹患者を出すとともに、解雇や倒産、行動変化などによる経済的な困窮も深刻な状況が続いている。

この世界的な感染症に直面し、欧米の諸都市では市民の健康をまもるために交通分野の対策が急展開されたことは既に紹介したが(本誌100号『新型コロナウィルスで変わる地域交通』を参照)、同時に欧米では、都市交通に関する多様な研究論文や調査報告が発表されているようだ。

日本にいるとなかなか情報が入ってこないが、都市学を専攻する著者が欧米の調査研究を読み解き、日本語で解説した本が昨年12月に緊急出版された。本文は10章に整理されているが、大きく分けて、都市に関する議論、公共交通に対する風評の払拭、そしてテレワーク、商業(小売・飲食)、観光の展望を描いている。

都市学の識者が執筆しているだけあり、とりわけ都市の在り方に関する議論に多くのページが割かれているが、都市と交通は密接な関係にあるだけに、地域交通に関する議論は全体を通して行われている。中でも本誌読者の関心が高そうな内容は前半に書かれているので、ぜひ手に取って読んでもらいたいが、興味深いエピソードをかいつまんで紹介しよう。

例えば、我が国でもマスコミらが明に暗に自家用車利用を奨励するような言説を展開しているが、こうした言説は日本だけでなく、コロナ禍を絶好の機会とばかりに「大都会は感染症に脆弱」だと主張し、クルマ依存のスプロール化を礼賛する言説が登場したようだ。しかしながら、スプロール地域の方が感染率が低いといった疫学的な証拠は全く存在しないばかりか、逆にクルマ依存の地域の方が感染者を多く出しており、電車に乗る人が多い地域の方が感染率が低いという調査結果すら登場しているという。米国の代表的な日刊紙であるニューヨーク・タイムズは、「地下鉄が危ない?たぶんあなたが考えているより安全です」という記事を載せていたそうだ。詳しい内容は本書で確認してほしいが、そもそもこうした多様な議論が交わされていることが興味深く、新鮮に思う。

翻って我が国のマスメディアは一様に「満員電車」が危険だと煽り「ドライブスルー」などを礼賛し続けてきたが、公共交通に与えた風評被害を自省する様子はまるで見られず、諸外国の交通分野の取り組みを報じることもほぼ無かった。

また、日本政府や自治体の地域交通に対する取り組みは極めてお粗末な状況が続いており、道路には休日になると不要不急の自家用乗用車が溢れ返り、歩行者は相変わらず狭い歩道に閉じ込められてソーシャル・ディスタンスの確保もままならず、自転車利用者も肩身の狭い思いをしている。

こんな国にいると、これまで懸命に取り組んできた公共交通活性化やコンパクトシティといった取り組みに懐疑心を抱いてしまうかもしれないが、日本よりも酷い被害の出た欧米諸国では、都市の在り方についても日本以上に活発な議論が為されているようだ。交通政策や都市政策に携わっている皆さんにはぜひ本書を通読していただき、自信を持って政策展開に取り組んでいただきたい。

また、市民の立場で交通に携わる私たちにとっても、本書には日本のマスメディアが報じない示唆に富んだ議論が満載されており、一読されれば見識が広がることと思う。
(井坂洋士)

-交通問題参考図書 脱クルマ・ライブラリー, 会報記事, 都市計画

Copyright© クルマ社会を問い直す会 , 2025 All Rights Reserved Powered by STINGER.