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書籍の紹介『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた 人と暮らしが中心のまちとみちのデザイン』

投稿日:2024年10月26日 更新日:

 

「世界に学ぶ自転車都市のつくり方」の表紙です。

世界に学ぶ自転車都市のつくり方

宮田浩介 編著/ 小畑和香子・南村多津恵・早川洋平 著
学芸出版社
2023年11月刊
四六判・256ページ
2,640円(税込)
ISBN 9784761528669

「出羽守」というスラングをご存知だろうか。「海外では~なのに日本では~」と他国を引き合いに出して日本の現状を嘆く人たちを馬鹿にする言葉である。その言葉の裏には、日本には日本固有の事情、やり方があるだとか、海外でよいとされているものが日本でもそうとは限らない、といった主張があるらしい。だが、どこの国でも自動車は同じような時代に同じように道路を支配してきたわけだし、こと道路交通に関して言えば、日本固有の事情とやらは「英語で情報収集する層が薄いので海外のことはよくわからない」程度のものだろう。そして、そのような残念な事情をありがたくも吹き飛ばしてくれるのが本書である(なお出羽守のほうでもついついうっかり「欧米では~」と主語を大きくしてしまい、主張する内容の説得力をいたずらに下げてしまうことも多い。そんな軽率な出羽守諸氏も、ぜひとも本書を手に取ってもらいたい層のひとつだ)。

本書の出版元である学芸出版社は「建築・まちづくり・コミュニティデザイン」を得意分野と標榜している。同社の書籍一覧を眺めていると「コンパクトシティ」「タクティカルアーバニズム」「Maas」といった馴染み深い単語が並んでおり、実は自転車の本も今回が初めてではない。私の部屋の本棚にも、同社の「自転車とまちづくり」「サイクルツーリズムの進め方」といった本が鎮座している。こうした、自転車を主題に据えた書籍の系譜と、ちかごろよく見かける「〇〇(国や都市の名前)の△△はなぜ××なのか」的キャッチフレーズをかけ合わせたらどうなるだろうか、というのがひょっとしたら企画の出発点だったのかもしれない。だがここまで濃密な内容になるとは、担当編集者でも想像していなかったのではないだろうか。

本書の「世界に学ぶ」というフレーズは誇張でもなんでもない。取り上げられている国や都市は、地理的にはもちろん、時系列的にもまさに最先端(あるいは未来)たるデンマーク、オランダから、この10年、15年というスパンで着実に成果をあげてきたニューヨーク、ロンドン、そしてコロナ禍を機に爆発的な発展を遂げたパリと、自転車交通の話題を追っている者であれば納得しかないチョイスになっている(続刊が発売されることになれば、次はどこの都市を取り上げるべきかで激しい議論がかわされるかもしれないが)。また、そうした「あこがれの地」「向かうべきところ」を高い解像度で見せてくれるだけでなく、そこを目指していままさに激しい戦いを繰り広げているドイツ、穏健で粘り強い活動を続ける滋賀県といったところの市民の活動が事細かに紹介されていて、わたしたちがはじめの一歩を踏み出すにあたって、まずはどこへ向かうべきかを決めるための好材料を提供してくれている。

そして話題は未来から現在、過去へと移ってゆく。ふだん意識されることのない(どころかマナーが悪いと非難されることのほうが目立つ)日本の自転車利用=ママチャリ文化のすばらしさをかの名著「世界が称賛した日本の町の秘密」を引き合いに語り、それがいかにして実現されていたか、そしてどれだけ軽視されてきたかをつまびらかにする。ここで本書が終わっていたなら私たちは本を閉じたあと途方に暮れるところだが、ありがたいことにこれに続いて「自転車利用環境かくあるべし」についてもページが割かれている。本書で紹介されてきた国々の取り組みに通底する原理原則と、それを体現するための街や道路の設計のディテールについて簡潔かつ十分に述べられており、ふだんから政府主催の自転車関連会議の資料や議事録を読んでいる立場から言わせてもらえれば、そうした会議に参加している有識者諸氏よりも本書のほうがずっと目が行き届いているように感じる。

本書を特徴づけるものとして、豊富な写真と充実した参考文献も挙げておかねばなるまい。自転車都市のあるべき姿を見事に表現した表紙をはじめ、本文中でも各都市の活動家や行政組織(が発注した先のデザイナー)が撮影・作成した説得力の高い写真は図版がこれでもかと用いられている。使用許諾を得るのにどれだけのやりとりがあったのか、想像するだけで目が回りそうになる。もちろん筆者のみなさんが自身で撮影した写真や各種アプリを駆使して作成したイラストなどもふんだんに使われている。ブログ記事などに掲載するための「主題に沿ったわかりやすいメッセージを含ませられる写真や図」を用意しようとしたことがある方であれば、なにげなく配置された写真に込められた熱意(ないしは執念)を感じることができるだろう。また本文で言及されるファクトには、Wikipediaも真っ青な勢いで参考文献が添えられていて、読者が深堀りしたくなったときに〈外国の話題だから検索キーワードもよくわからないなあ〉などということがないよう配慮されている。

日本では、自転車の話題といえば、昨年春のヘルメット着用努力義務可、そして昨年の暮れごろから取り沙汰されるようになったいわゆる青切符の導入と、自転車を利用する個々人に働きかけてなんとかしてもらおうという施策ばかりが目立っているが、本書を読むとそうしたやり方がいかに見当外れであるかに気づかされる。だがそのことを嘆くだけではどうにもならない。国や自治体があさっての方向にむかって無駄なあがきをしているとき、それを正すことができるのは私たち市民だけだ。そして本書は間違いなく、闘う市民の支えとなってくれる。ぜひとも手にとって、私たちの孫だかひ孫だかが「日本ではこんなにたくさんの人が自転車に乗っているのに海外では~」と、したり顔で語ることのできる未来の実現に力を貸してほしい。(里見岳男)

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