書籍の紹介『持続可能な交通まちづくり――欧州の実践に学ぶ』

書籍『持続可能な交通まちづくり――欧州の実践に学ぶ』の表紙です。

宇都宮浄人・柴山多佳児 著
筑摩書房(ちくま新書) 2024年10月刊
新書判・272ページ 1,012円(税込)
ISBN 978-4-480-07651-9

「持続可能な」や「まちづくり」という言葉は、ヨーロッパなどの先進都市を紹介する多くの本でみかけます。先進事例の紹介という点ではその通りですが、この本ならではの大きな特色は、今まさに欧州委員会が指針を掲げて取り組んでいる「SUMP(サンプ)」という、「持続可能な都市モビリティ計画」の理念と、実践のための手順(ガイドライン)、それに基づいた実践の様子が、臨場感豊かに具体的に記されていることです。

SUMPは、2013年に計画が提示されたそうです。ヨーロッパの国々もクルマ社会であることは確かなようですが、多くの都市で行き過ぎたクルマ社会への反省から、早くは1970年代頃から交通やまちのあり方の見直しがされ、着実に改善されてきました。そうした長年の試行錯誤の取り組みをベースに、いま深刻度を増す地球環境問題に対処しつつ、人々の豊かな生活を守るまちづくり、交通のあり方を軸としたまちづくりを示しているのが、SUMPです。
著者のお二人はオーストリアでSUMPを知り、日本でも学ぶべき点が多いと強く共感し、そのガイドラインを日本語に監訳されました。

そのSUMPとは具体的にはどういうものか、本書に記された「従来の交通計画策定とSUMP策定の違い」を見ると、よくわかります。特に印象深いのは次のような点です(本では一覧表になっていますが、そこから一部を改変して記します)。

  • ★従来の交通計画の焦点は交通流であり、主たる目的は交通流の容量と速度であるのに対し、 SUMPの焦点は人であり、主たる目的はアクセシビリティと生活の質(社会的公平性、健康と環境の質、経済活力)。
  • ★従来の交通計画は短期・中期の実施計画であり単一の行政区域をカバーするのに対し、SUMP は長期ビジョンと戦略の中に位置づけられた短期・中期の実施計画であり、通勤パターンに基づく都市圏域をカバーするもの。
  • ★従来の交通計画は専門家による計画であるのに対し、SUMPは透明性のある参加型のアプロ ーチを用いた、ステークホルダーや市民を巻き込んだ計画。

SUMPは人が公平に、健康で豊かに暮らせることを目指した長期交通まちづくりビジョンであり、ここに日本の都市計画や道路計画との根本的な違いがあります。

3項目の「透明性のある参加型のアプローチを用いた、ステークホルダーや市民を巻き込んだ計画」については、とかく形式だけのものになりがちですが、SUMPの実践では、段階ごとにその点を繰り返し強調し、確認することを求めながら進めている様子が印象的です。(ステークホルダーは、その計画で利害を受ける関係者という意味ですが、持続可能な社会を目指す観点では、環境面や人権面も含めて広く影響を受ける人々という解釈もされています。)

このような取り組み姿勢はおそらく、“まちの主役は市民であり、市民の声を聴き、市民に公共交通の必要性を理解してもらわなければ持続可能なまちは作れない、持続可能なまちは市民と協働でつくるものだ”、という理念が、欧州の為政者にも市民にも浸透しているからではないかと推察します。

日本の、市民の声を聴くとは名ばかり、最初から結論ありきの都市計画や道路・交通政策との歴然たる違いに、ため息が出ます(いつも最後は怒号の飛び交う説明会を思い出し……)。学ぶべきは、欧州のまちの一部の形(その模倣)ではなく、まちづくりの哲学と姿勢ではないかと思います。
本の後半では、そうした日本の交通政策の問題点を指摘し、望ましい方向を記しています。

『施策には目標に向けて望ましい方向に引っ張る「プル」の施策と、目標にとっては望ましくないやり方を押し出す「プッシュ」の施策をセットで行わなければならない』等、学ぶべき政策の視点が多く記されています。
また、本書の前半に記されている「持続可能とはそもそも何を目指すものか?」という原点の問いかけも、考えさせられます。(足立礼子)