古川 修著
グランプリ出版
2019年9月刊
A5版 200ページ
2200円
ISBN
978-4-87687-368-5C2053
「自動運転は交通事故を助長する」(序章)、「自動運転によって交通事故がゼロになる期待は幻想である」(同章第4節)と、書名からは想像できない鋭い問題提起が冒頭から続きます。
著者の古川修氏(芝浦工業大学名誉教授・工学博士)は、(株)ホンダの研究所で「自動運転車の研究開発プロジェクト」の責任者も務めた方ですが、日本だけでなく欧米も含めた「自動運転ブーム」に対し、技術者の立場から重要な問題提起をされています。
私がこの本の発刊を知ったのは、問い直す会でも「脱スピードのソフトモビリティ社会を」の講演などされている(会報88・96号)小栗幸夫氏からの教示でした。
そして、最近特に感じるのが、首を傾げたくなる自動運転車への根拠無き楽観論の横行です。
これでは、前号で指摘させていただいた「隠れ人身事故」なる統計操作による楽観論と相まって、決してあってはならないはずの交通死傷被害頻発の常態化(無策)への大きな要因に成るのではないか(成っているのではないか)との危機感を強く感じ、本書紹介の筆を執った次第です。
古川氏は本書で、現在世界中で進められている運転自動化の開発の方向性は、「(それによって)人々の生活がどれだけ幸せになるか?というニーズから評価すると、人類への貢献とは大きなズレを感じさせる」(「はじめに」より)と述べ、この「プログラム」の問題点を「シーズ(注1)である“自動運転”ありきで進められていることが多く、ニーズやリスク予測などを主体としたアセスメントの検討が遅れている」(p15)
注1:シーズ(seeds):マーケティング用語。研究開発や新規事業創出を推進していく上で必要となる技術や能力、人材、設備などのこと
と指摘しています。
なお、氏がリスクとして挙げているのは、次の8項目、33点に及びます。(p84~85)
1 交通事故の増加
…ドライバーの過信、居眠り・覚醒度低下、システムの故障、システムからドライバーへの運転切替の不適切遷移など6点
2 ドライバーの負担増加
自動走行時のドライバーの監視負荷の増加、システムからドライバーへの運転切替時の対応負荷の2点
3 犯罪利用
犯罪後の移動手段、無人テロの手段など4点
4 混合交通(自動運転と手動運転)を乱す非優先道路から優先道路への侵入が過剰に慎重、など5点
5 ドライバーの運転能力劣化
システムに依存しすぎて、認知・判断・制御などの動的タスクを軽減、など3点
6 交通事故の責任所在が複雑化
ドライバーと自動運転システム、および、車載システムと通信システム、道路インフラシステムの責任分担切り分けが難しい、の2点
7 職業ドライバーの失職
タクシーや運送ドライバーの失職など4点
8 実用化コストの増加
車載システムや通信システム、自動運転技術の研究開発費など7点
そして著者は、第5章「自動運転開発の舵を切りなおす」で、「シーズである自動運転の実用化を目的とするのでなく、交通事故削減というニーズを目的として、(中略)先進運転支援システムを高度化して交通事故ゼロへ向けた技術進化を遂げる方向への転換が必要である」(p150)とまとめています。
本書には、警告と同時に、安全というニーズのための技術開発の具体的方向性が示されていることも重要ですが、その一例は、
・一般道路では自動運転システムより、極めて高度化された運転支援システムの開発が交通事故削減に有効である。
・レベル4では限定地域内だけで低速の自動走行が考えられる。
などです。
私たちには、古川氏の指摘する「交通事故削減というニーズ」を社会に強く発信していくことが求められていると思います。
「経済成長」というまやかしの幸福論に翻弄された企業の開発競争の犠牲となっているのが私たち交通死傷被害者です。
本書を力に、「被害者の視点=命の尊厳=社会正義(交通死傷ゼロの社会)」の訴えを続けたいと思います。
目次より(各章の小項目は一部抜粋して紹介)
序章 自動運転は交通事故を助長する
完全自動運転と誤解するドライバーが事故を誘発/自動運転によって交通事故がゼロになる期待は幻想である、など
第1章 ホンダでの自動運転技術の研究開発体験
自動運転プロジェクトの開始/自動運転システム開発体験からの知見、など
第2章 自動運転技術の発展の歴史
自動運転車交通社会のコンセプトの起源/2000年代の米国の競技会から第4期自動運転車開発が促進/オールジャパンの自動運転車開発体制が2010年代に構築、など
第3章 自動運転技術の実用化への現状と課題
自動運転車が実現するとどんな社会利益をもたらすのか?/自立型自動運転システムの技術の現状と課題/協調型自動運転システムの技術の現状と課題、など
第4章 国際協調と国際競争
自動運転車を実現するための法整備と国際調和/クルマの電動化の誤解、など
第5章 自動運転開発の舵を切りなおす
シーズ発からニーズ発への転換が必要/交通事故ゼロ化へ向けた自動運転技術の活用、など
(前田敏章 札幌市在住の「遺された親」)