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生活道路の安全対策:歴史と現状
では、この課題をどう解決していくか。当然、車の速度を落とさせることが重要です。時速30km以下であれば、万が一事故が起きても死亡に至る確率は大幅に減少します。しかし問題は、日本中に無数に存在する生活道路で、どうやって速度を落とさせるかです。住民からは「警察官が毎朝取り締まりをすべきだ」という声がよく聞かれますが、警察官の数には限りがあり、全ての生活道路で常時監視することは現実的ではありません。
日本の生活道路対策には長い歴史があります。
昭和40年代:交通規制(スクールゾーン)
始まりは通学時間帯の通行止めなどでした。当初は面的(ゾーン)な規制でしたが、次第に形骸化し、現在では特定の、たとえば学校の正門前の道路だけを通行止めにすることが多くなっています。
昭和50年代:道路構造による対策(コミュニティ道路)
車両通行部分を蛇行させるシケインなど、道路を物理的に改変し、速度を抑制する試みが始まりました。
これらの取り組みの集大成として、1996年(平成8年)にコミュニティゾーン制度が導入されました。これは4つの特徴を持っていました(図4)。

図4:コミュニティゾーンの構成要素
- ①面的(ゾーン)な対策:特定のエリア全体を対象とする。
- ②ソフト(交通規制)とハード(道路構造改善)の組み合わせ:30km/h区域規制(「30区域ここから」標識はこの時に誕生)と、ハンプ(凸部)、狭窄部、クランク(屈曲部)などの物理的デバイスを組み合わせる。
- ③住民参加:計画段階からの住民参加を重視。
- ④バリアフリー:高齢者や障がい者への配慮。
北九州市などで先進的な事例も生まれましたが、残念ながらこのコミュニティゾーン制度は全国的には普及しませんでした。その大きな理由の一つが、ハンプなどの物理デバイスの設計基準が不明確だったことです。不適切な設計のハンプ(円弧ハンプ)が設置され、騒音や振動、車両損傷などの問題が発生し、不評を買ってしまったのです。
その後、「あんしん歩行エリア」など様々な取り組みが試みられましたが、生活道路対策は停滞し、「暗黒の時代」とも言える状況が続きました。
ゾーン30とZone30:似て非なる安全対策
2006年(平成18年)、埼玉県川口市で散歩中の保育園児らに車が突っ込み 21人が死傷する大事故が起きました。これが契機となり、2011年(平成23年)に「ゾーン30」が導入されることとなります。ゾーン30はエリアを指定して生活道路の最高速度を 30km/hに規制するもので、現在では全国的に普及し、生活道路における交通安全対策の標準的な手法となっています。
なぜ30km/hなのか。これは速度と致死率の関係に基づいています。30km/hを超えると、事故時の歩行者の致死率が急激に上昇します(図5)。50km/hでは約8割が死亡するというデータもあり、「30km/hは命の境界線」と言えます。

図5:衝突時速度と歩行者の致死率
ヨーロッパでは、日本に先駆けて1980年代にZone30(こちらはゾーン・サーティと読んでください)が定着しました。これは単なる速度規制だけでなく、ハンプなどの物理的な速度抑制策を組み合わせるのが特徴です。欧州の都市では、幹線道路以外の市街地のほとんどがZone30となっており、これが歩行者事故の少なさにつながっています。