『幸せのマニフェスト-消費社会から関係の豊かな社会へ』
ステファーノ・バルトリーニ著
中野佳裕訳・解説
コモンズ
2018年7月刊
B5判358ページ
3000円+税
ISBN 9784861871528
題名からうかがえるように、豊かなようで実は生き辛さを抱え込んだ社会を幸せな社会に変えるために「脱物質主義的な社会構想」を提案しようとする本である。
序章では、物質的な豊かさが幸福をもたらさないという「幸福の逆説」をとりあげ、人々が幸せを感じられない根本的な原因は、関係性の衰退、すなわち社会関係や親密な人間関係の悪化であるという。「関係性の貧困」によるストレスや不満足感を消費で埋め合わせをしようと、さらに忙しく働いて豊かになろうとするが、そのことでかえって関係性が希薄になり、幸福から遠ざかってしまう。
著者は逆に、「生き辛さの解決には、より少なく消費し、より少なく働き、自身の人間関係を再生するといった別の方法のほうがうまく機能するだろう。」(40ページ)と述べる。
問題を解決する方法を探るために、著者は、とりわけ子どもの生活に注目する。
子ども時代にどのような経験をするかが、人生に大きな影響を与えるからである。そこで著者がまず注目するのが、一見意外な展開なのだが、本誌の読者にとっては興味深いことに、「クルマ社会」の問題である。著者は断言する。「公共空間の質の悪化に決定的な役割を果たしたのは自動車だ。(…)自動車は都市のコモン・スペースの中で社会関係を破壊した。」(47ページ)。隣近所の界隈を自由に移動することが困難になった結果、子どもたちは自由に関係を築くことが困難になり、あまり外出せず、より多くの時間を家で過ごすようになった。歴史上はじめて、子どもたちは地域コミュニティで社会関係を育むよりも家の中でメディアを視聴して過ごす時間の方が多くなっているという(149ページ)。
さらに、大量の自動車は、交通事故、騒音、大気汚染、車道・駐車場の場所の拡大など、都市環境の破壊を進めている。
もちろん著者は交通以外のさまざまな問題(働き方や学校教育、医療、広告など)をもとりあげており、交通はその一つにすぎない。しかし問題の一端、しかもかなり根本的な要因が交通にある以上、交通も変わらなければならないということは、本書をとおして繰り返し現れる主題である。
社会の病の治療、すなわち関係性の回復のために、著者は空間と移動の再編成、具体的には自動車による移動を大幅に制限して自動車交通量を削減し、歩ける空間と一人で移動できる可能性を保証しなければならないという。それは、ぜいたくなことではなく、学校や病院と同じ基本的なニーズであるという(54ページ)。
これまで行われてきたような、より多くの自動車道を建設することで交通問題を解決する方向性は、「まるで、ベルトを緩めることで太ったお腹に対処しようとするようなものだ。」(55ページ)という。
それは交通量の増大しかもたらさない最悪の対処法である(188ページ)。著者によれば、都市をこれ以上、仕事と消費だけのためにデザインするのではなく、他者と出会うためにデザインしなおすことが肝心である(177ページ)。自動車が人を孤立させるのに対して、歩いたり自転車に乗って偶然の出会いを経験することが関係性をつくり出す。著者が紹介する、自動車依存を減らして歩行者優先のコミュニティを重視し、低コストの公共交通を整備する「ニュー・アーバニズム」は魅力的である。
このような、関係を豊かにするための都市空間再編政策のためのお金がないという反論に対して、著者は、今の社会が浪費している無駄を指摘する。
「自動車交通も高いコストを発生させている。大気汚染に関連した病気を治療するために保健医療制度にかかっている費用や、都市の生活しづらい環境に関連して起こる不健康を治すためにかかる費用(…)あるいは、駐車料金や駐車違反にかかる費用を考えてみよう。」(267ページ)。
つまり、費用がかかることが問題なのではなく、何に費用をかけるかが問題なのである。
都市空間再編のよい例として挙げられているのが、コロンビアの首都ボゴタである。
そこでは、21世紀初頭に、高速道路建設計画を破棄し、それによってねん出された資金で公園や歩道、自転車道を整備したとのことだ。また自動車の使用を制限する代わりにバス交通網を拡充した。その結果、自動車事故が減り、渋滞も緩和され、歩行者数の増加は犯罪対策にもなり、自殺率まで減少したという(301–302ページ)。
本書は主に欧米を念頭においたものだが、訳者解説にあるように、本書の指摘や提言は日本にもほぼそっくりそのままあてはまる。私の住む町でも、数十年前の時代遅れの計画に従って今なお、渋滞緩和をうたう自動車道路の拡張工事が行われている。このような身近なクルマ社会の問題を、より大きな社会構想の中に位置付けて具体的な解決の方向性を総合的に示したのが本書の意義といえよう。本会が取り組んでいるクルマ社会の問題を、より広い視野から考えるために、ぜひ一読を勧めたい。
(木村護郎クリストフ)