井坂洋士
上岡直見さんの著書『自動車の社会的費用・再考』(緑風出版、2022年5月刊)の台湾版(繁体字中国語版)が2024年10月に出版された(本誌3ページ参照)。そこには大きく『車輛覇權』という書名が付いているが、まさにそんな感じの事態が日本で起きている。

上岡直見著『自動車の社会的費用・再考』とその台湾版『車輛覇權』
「ガソリン値下げ」を声高に叫ぶ人たち
2025年7月の参議院議員選挙が終わった直後の臨時国会が召集された初日の2025年8月1日に、野党7党(立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、日本共産党、参政党、日本保守党、社会民主党)が足並みを揃えて「ガソリン値下げ」法案を衆議院に共同提出した[1]。
参院選ではろくに選挙協力もできず、国民的テーマである消費税減税などでも足並みが揃わずに混戦を繰り広げた野党だが、「ガソリン値下げ」ではきれいに足並みが揃った様子をアピールしていた。
野党が「ガソリン値下げ」を声高に叫ぶ一方で、これまで道路利権にどっぷり浸かってきた与党も決して「ガソリン値下げ」には反対しておらず、「財源」の問題だと言う[2]。
しかも環境政策やモーダルシフトに取り組む欧州などとは異なり、日本の政府与党が云う「財源」とはクルマのための道路を増やすための「財源」だ。
欧州などの先進都市では自動車に課税して歩行者や自転車の通行空間や、公共交通の拡充に使うことで、交通事故や公害、気候変動や渋滞を引き起こすクルマを削減しつつ都市の持続可能性を高める取り組みが盛んに行われているところだが、日本では与野党が揃ってクルマのための「値下げ」や「財源」確保を画策し、マスコミも同じ穴の狢で、公共交通への影響などは言及すらしない[3]。
歩行者や自転車・公共交通を利用する人は蚊帳の外に追いやられているのが実情だ。
自動車の社会的費用
宇沢弘文氏の著書『自動車の社会的費用』(岩波書店、1974年刊)から50年経った今、自動車の濫用がもたらす諸問題[4]は改善するどころか、むしろ悪くなってしまっている。
宇沢氏の『自動車の社会的費用』に対しても、当時より自動車工業会は強く反発し、当時の運輸省も環境影響などを度外視した試算を披露していたようだが、いずれも過少評価であることは明らかで、以降も度々、自動車の諸問題を指摘する論考が発表された。その様子は『自動車の社会的費用・再考』の第2章「社会的費用半世紀」で紹介されているので参照されたい。
ところで、自動車の社会的費用には交通犯罪(交通事故)の被害といった極めて深刻な問題も含まれるが、外部不経済(歩行者、自転車利用者などクルマの受益者でない人の被害)とそうでないもの(自損・同乗者などクルマ利用の受益者に関するもの)とを切り分けて論じる必要が生じる、自賠責や任意保険が絡んでくるなど、話が複雑化して紙幅に収まらないため、本稿では割愛させていただくことを予めご了承いただきたい。
多岐にわたり深刻な被害も多い自動車の社会的費用は、本稿で到底語りきれるものではない。宇沢氏の指摘から48年経って発刊された上岡直見氏の著書『自動車の社会的費用・再考』ではグラフを多用しながら最近のデータを紐解き、今起きている(改善されていない)ことを詳らかにしている。また筆者も出版に係わらせていただいた『クルマよ、お世話になりました』[4]でも 1/4以上を自動車の社会的費用各論に充てている。こうした本をぜひ読んでいただきたい。
【脚注・出典】
1. ガソリン減税法案、野党7党が共同提出 秋の国会で成立図る方針(朝日新聞、2025年8月1日)
2. 財源確保や流通混乱の回避課題 暫定税率廃止で(時事通信、2025年8月2日)https://news.yahoo. co.jp/articles/dd239e8a38ce4431ba218e6e0 1fc62b866979883
3. (社説)ガソリン減税 脱炭素と財源忘れるな(朝日新聞、2025年8月3日)
4. 数多ある自動車の外部不経済については、ケイティ・アルヴォード著、堀添由紀訳『クルマよ、お世話になりました―米モータリゼーションの歴史と未来』
(白水社刊、2013年)第2部「別れる理由」にまとまっているので、そちらを参照されたい。