■歩車分離信号■
長谷智喜
2010年の交通事故による死者の数は、1万人を超えていたピーク時から大きく減少したとはいえ事故件数は72万件、死傷者数は89万人におよび、いまだ4.863名もの命が失われています。また一命はとりとめても重度の障害により社会復帰できない者も数多く発生しています。
特徴としては、交通死亡事故の48%が交差点・交差点付近で発生し、犠牲者の49%が、交通弱者といわれる歩行者や自転車で占められていることです。それを反映し、日本は、先進国の中で交通弱者の死亡率が最も高いワースト1の国となっています。
わが国の交通安全への取り組みとして、歩行者をはじめとる交通弱者への安全対策が急務であることは、言うまでもありません。
1.交差点対人事故の実態
わが国では、交差点を渡る青信号の歩行者が右左折車との衝突で命を奪われるケースがあとをたちません。交通ルールを遵守していても車からの危害に遭うのです。これは、一般交差点が同方向の人と車を同じ青信号で流すために発生する現象で、歩行者の安全を右左折する不確実な人間の注意力のみ(車両運転手)にたよる信号システムだからです。
道路交通の中で最も脆弱な歩行者は、自らの命を守るため青信号に従い横断歩道を渡っていても、同じ青信号で右左折しながら飛び込んでくる車両になすすべはありません。事故が発生すると、無辜(むこ)の歩行者のみが一方的に被害をうける理不尽な結果が待ち受けているのです。交通弱者が、車からの危険を避け自らの命を守るため、信号の正しい利用、正しい横断をしてもなお、殺傷される危険を秘めているのが交差点の実態と言えましょう。
2.歩車分離信号とは
交差点の対人事故防止策を目的として、人と車を分けて流す信号を歩車分離信号といいます。歩車分離信号では、歩行者が青のとき車は赤、車が青のとき歩行者は赤にして人と車が交錯しない信号システムとなります。お互いが信号を守る限り対人事故が発生しない仕組みなのです。
歩車分離信号の分かりやすい例として「スクランブル式信号」があげられます。スクランブル式信号とは、すべての車両用信号を赤にして停止させ、その間歩行者を縦にも横にも斜めにも横断させる方式です。他にも歩行者の横断時には、並行する直進車だけを矢印信号で流し右左折車との交錯をさせない方式や、歩行者が極く少ない交差点では、通常は車だけを流し、押し釦を押したときだけすべての車両を赤信号にして歩行者専有時間を設ける方式もあります。また、車線の多い大きな交差点では、途中に島を設け2段階で歩行者を渡らせる歩車分離方式もあります。さらには、完全分離ではないものの、歩車分離信号と非分離を併用した一部歩車分離信号方式も見受けられます。歩車分離信号は、このように分離の程度や方法、分離の形式や時間の配分などを組み合わせることにより、道路環境に合わせた信号運用が可能です。
3.歩車分離信号の安全効果
歩車分離信号の要望は、1992年11月、登校途中の小学児童が左折ダンプによって死亡した上川橋交差点左折事故をきっかけに始まりました。それ以降、歩行者の安全を求める国民の声に押され、警察庁は2002年全国100カ所の交差点を歩車分離信号に改善し半年間試験運用を行いました。試験運用の結果は次のとおりです。(警察庁発表)
【全交通事故】 182件から112件に 約40%減少
【歩行者事故】 30件から8件に 約70%減少
【車両事故】 148件から103件に 約30%減少
【渋滞】 15.1kmから14.85kmに 2%減少
これにより、歩車分離信号は、その安全性が高く評価される信号として現在にいたっています。
4.分離信号の長所、短所
歩行者事故防止に大きな成果のある歩車分離信号ですが、場所によっては渋滞になる懸念があるとか、待ち時間が長くなるなどの短所を指摘する声もあります。しかし、人と車の分離は、運転手のヒューマンエラーを未然に防ぐ事故防止策として大きな効果を発揮し、歩行者の大切な命が守られています。
また歩車分離信号は、基本的に信号のロジックを変更するだけなので低コストでバリアフリーであるため高齢者社会にも適した人に優しい信号です。さらには、分離することによって、かえって渋滞解消が解消する交差点もあるのです。
5.歩車分離信号の設置率
現在の歩車分離信号の設置数は、統計を取り始めた02年度以降徐々に増え、09年度末には、5,198基となりました。全国には約20万基の信号が設置されているのでまだ全体の2.6%ですが、歩行者の横断中に車両を赤にして止めると言う発想をもたなかった車最優先の時代からは大きな様変わりです。
6.歩車分離信号の普及
全国には、交通事故遺族や地域住民の要望で改善された数多くの歩車分離信号があります。大阪府の豊中市教職員組合では、地域や行政と連携し組織的に歩車分離信号を求めていった結果、現 在では市内の通学路を中心に19基設置されています。また使用される教科書(日本文教出版、小学校社会3・4年上)には、新しい信号として豊中市内の歩車分離信号が取り上げられるようになりました。これも車効率より人の命の方が大切という社会認識の高まりの反映と考えます。09年には、交通事故死4年連続ワースト1、交差点内の死亡事故6割に達した愛知県警が、「 円滑な交通より人命を優先する」として、2年後をめどに歩車分離信号を倍増し全国平均並みにする方針をうちだしました。
現在歩車分離信号の普及に賛同する団体は、当会を始め多数の市民団体があります。またインターネットを開けば、歩車分離信号の普及に感心を寄せる多くのホームページやブログを見ることができます。その中で、「命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会」では08年の結成以来、3回におよび警察庁をはじめとする関係省庁への普及要請活動を行っています。安全・安心への社会変革が進む今日では、歩車分離信号を人命優先の象徴的信号としてさらに増加していくことが求められます。