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脱クルマ、その課題の広がり

投稿日:2008年4月23日 更新日:

脱クルマ、その課題の広がり
杉田正明 クルマ社会を問い直す会世話人

 本冊子は、クルマ社会を問い直す会2006年度総会(2006年5月)において筆者が「脱クルマ、その課題の広がりと深み」と題して行った講演をもとに、資料・知見の追加を行ってとりまとめたものです。クルマ社会の諸問題を解決するための提案のたたき台を提供することを意図しております。

杉田正明「脱クルマ、その課題の広がり」(PDFファイル)

1.クルマ社会の主な問題とそれへの対応策

 クルマ社会の問題を4つに絞って考えます。①交通事故により多くの死傷者をもたらしている、②大気汚染により多くの喘息患者をもたらしている、③クルマを運転できない人、クルマを運転したくない人を交通弱者の立場に追いやっている、④二酸化炭素排出により地球温暖化をもたらしている。以上の4点です。ほかにも騒音問題ほか色々ありますが、絞ります。
 それぞれの問題の現状に若干触れ、それに対する対応策を挙げます。多様な角度からのアプローチがあり得ますが、私が現時点で考える主な策を挙げます。

1-1.交通事故

a.自動車交通事故の現状

負傷者の数は減っていない

 2004年の交通事故の値をみてみます。事故後24時間以内の死者数は7,358人でした。 また30日以内の死者数は8,492人、1年以内死者数は10,318人でした。負傷者の数は死者の数のおおむね100倍で、118万人でした。日本の人口の約100人に1人が毎年交通事故で死傷していることになります。
 交通事故による死者の数は1992年以降減少してきています。しかし負傷者の数は1977年以降ほぼ一貫して増えてきており、ようやく2001年になって頭打ちの傾向が現れました。

交通事故による死傷者数推移

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

 事故の類型を人対車両、車両相互、車両単独に分けてその件数を見ると、2005年においては、車両相互の事故が圧倒的に多く 86%を占めました。人対車両は9%の大きさでした。一方死亡交通事故に限りますと、人対車両の割合は大きく増え、30%を占めました。(ただしここでの車両には統計上、自動2輪車、自転車も含まれます。)

類型別交通事故件数
2005年 交通事故 死亡交通事故
件数 構成比 件数 構成比
人対車両 79,934 0.086 2,007 0.303
車両相互 801,911 0.859 3,116 0.470
車両単独 51,853 0.056 1,448 0.219
列車が当事者となった踏切事故 130 0.000 54 0.008
合計 933,828 1.000 6,625 1.000

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

 以下では、自動車に対して衝突時に圧倒的に弱い立場にある歩行者、自転車の事故に絞って述べます。ただし、車両相互、車両単独の事故を軽視するものではありません。

若年層と高齢層が事故に遭っている

 年齢階層別に歩行中に事故に遭遇した人をみると、2005年においては、若年層(特に7~12歳)と高齢層で高い率になっています。また自転車乗車中に事故に遭遇した人については、やはり若年層と高齢層で高い率になっています。特に 7~19歳の層の率が大変高いものになっています。
 こうした結果になっている背景には、これらの層にはクルマを使えなくて歩かざるを得ない、もしくは自転車に頼らざるを得ない交通弱者が多いことも大きな要因になっていると考えられます。

人口10万人あたり負傷者数(2005年) (単位:人)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

 負傷で収まらずに死亡に至った人の率を年齢階層別に見ると、歩行中の事故についても、自転車乗車中の事故についても、ともに高齢層で大きな率となっています。

人口10万人あたり死者数(2005年) (単位:人)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

自転車乗車中の子供の事故が多い

 子供がどういう状態で交通事故に遭遇しているかを見て見ましょう。2003年においては、歩行中と自転車乗車中とを比べたとき、幼児と小学生低学年では歩行中の割合が上回り、小学生高学年と中学生においては自転車乗車中の割合が上回っています。子供の事故というと歩行中の事故を想定することが多いかもしれませんが、自転車乗車中の事故が多いことにも注目しなければなりません。

子供の事故の種類(2003年)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

事故は交差点で起きている

 子供の自転車乗車中の事故がどこで起きているかを見ると、7 割以上が交差点で起きています。中でも無信号交差点での事故が大きな割合を占めています。

子供の自転車乗車中の事故の場所(2003年)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

 子供の歩行中の事故がどこで起きているかを見ると、幼児では単路の割合が高いのですが、小学生・中学生ではほぼ半分前後が交差点、半分前後が単路で起きています。交差点での事故は、無信号交差点での割合が信号交差点での割合を上回っています。

子供の歩行中の事故の場所(2003年)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

事故は横断中に起きている

 子供の歩行中の事故は6割から7割が道路を横断中に起きています。これには交差点での横断も含みます。「横断歩道外を横断中」と「横断歩道を横断中」に分けてみると、「横断歩道外を横断中」がより大きな割合ですが、学年が上がるに従って「横断歩道を横断中」の割合が「横断歩道外を横断中」に近づいています。

子供の歩行中の事故の類型(2003年)

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

高齢者も横断中および交差点での事故が多い

 同様に高齢者についてどういう状態で交通事故に遭遇しているかみてみます。65歳以上の高齢者は、2005年においては、負傷者数を見る限り、歩行中と自転車乗車中とを比べると、後者の割合が上回っています。しかし死者数をみると、前者が上回っています。
 1999~2003年のデータでは、高齢者の歩行中の死亡事故のうちの68%が直進車と横断歩行者の間の事故で、そのうちの 40%分が単路で発生しており、残りの28%分が交差点で発生していました。
 一方、高齢者の自転車乗車中の死亡事故のうち、79%が直進4輪車と直進自転車の間の事故で、その内数の50%分が交差点での出会い頭の事故でした。
 (以上のデータでは、歩車分離の道路であるか否か別に集計してないので、今ひとつ事故の発生状況がわからないのが残念です。)

b.主な対応策

歩行空間・自転車走行空間の自動車からの分離

 歩行者、自転車利用者にとっては、自分の交通空間を自動車と空間的に分離することが何より必要です。
 日本における歩道の設置率は国道でさえ59%にとどまり、都道府県道で36%、市町村道に至っては8%の低さです。

歩道の設置状況 (平成17年4月1日現在)
区分 実延長(km) 歩道設置の道路 道路部
平均幅員
(m)
車道部
平均幅員
(m)
設置率
(%)
延長
(km)
一般国道(指定区間) 22,279.4 69.4 15,452.1 15.4 9.3
一般国道(指定区間外) 31,985.8 51.1 16,354.9 10.8 6.8
一般国道 54,265.2 58.6 31,807.0 12.7 7.8
主要地方道 57,820.6 42.9 24,793.7 10.3 6.5
一般都道府県道 71,318.3 29.5 21,072.7 8.5 5.6
都道府県道 129,138.9 35.5 45,866.4 9.3 6.0
国・都道府県道 183,404.1 42.4 77,673.4 10.3 6.5
市町村道 1,002,185.4 8.0 80,572.8 5.1 3.7
1,185,589.6 13.3 158,246.2 5.9 4.2

資料:道路統計年報
注:高速自動車国道を除く。

 自転車専用の走行空間の設置率に至ってはさらに低い率となり、0.2%程度です。ただしここで自転車専用の走行空間としては、自転車道 1,199km、自転車専用道路 468kmに加えて、自転車歩行者道のうち白線・カラー舗装等で視覚的に分離したもの689kmを含みます。合計2,356km(2004年)です。
 歩道・自転車道の設置率を大幅に引き上げる必要があります。

自転車道の整備状況

資料:「自転車の安全利用の促進に関する提言」平成18年11月 自転車対策検討懇談会

分離できない部分がある

 しかし歩道、自転車道を仮に確保できたとしても、それだけでは全く不十分です。それらの空間を使って移動するとき、どこかで交差点を越えなくてはならないし、また道路の反対側に横断する必要が生じるからです。歩道、自転車道を車道から分離して確保できたとしても、分離できない部分が必ずある・交差する部分が必ずあることを銘記しなければなりません。
 先ほどの子供と高齢者の事故が起きている状況から明らかなように、交差点での事故発生割合が高く、また横断する際の割合が高いのはまさにこの結果と考えられます。

横断歩道・横断自転車道の指定、歩行者・自転車と自動車との分離信号実施

 交差ないしは横断が発生する部分、交差ないしは横断のニーズがある部分については、それを極力安全なものにする必要があります。まず横断歩道、横断自転車道を指定する必要があります。次いで信号を設置する必要があります。さらについでその信号を交差点においては歩行者分離信号、自転車分離信号にする必要があります。

車線を減らしてでも分離すべき

 以上において私はあっさりと必要を述べましたが、実現が困難である場合も少なくないでしょう。
 自動車との空間的分離については、道幅が狭い、拡幅用地を確保できない等の理由から難しい場合が多いでしょう。特にこれまで歩道については分離確保出来てきたにしても、自転車専用の道路について分離確保するとなると大変難しいと言うことが少なくないでしょう。しかし、片側2車線以上ある場合には車線を減らしてでも確保すべきと考えます。片側1車線の道路では、一方通行化を進めて1車線減らしてでも確保すべきと考えます。

分離できない場合、20km以下への速度制限とハンプ、狭窄の整備

 並行する代替道路がないとか、そもそも車線分離できず上下あわせて1車線しかないとか、そのほか特別な事情で分離できない場合においては、交通事故が起きてしまった場合の被害を極力小さなものにするために、時速 20km 以下への速度制限が必要です(最大譲っても時速 30km 以下にすることが必要と考えます)。この点からは、関連して、速度制限標識のない道路については現行時速 60km 以下という速度制限を 20km 以下に変更し、なおかつすべての道路に速度制限を表示することが必要です。
 今井博之さんの冊子『「クルマ社会と子どもたち」(その後):交通沈静化の海外の取り組み』に時速 30km を越えると死亡事故が大きく増えるという海外のデータが紹介されていますが、日本のデータでも同じことが証明されています。
 歩行者および自転車を自動車から空間的に分離できない場合において、このように速度制限を課しても、速度制限を守らない自動車が出るでしょう。運転者の過失・不注意から、あるいは故意から出るでしょう。これを防ぐために、ハンプの設置もしくは狭窄の整備など物理的に速度を出しにくくする措置の実施が必要です。

自動車の速度と被害の程度

歩行者が第1当事者、または第2当事者 平成13年から15年の合計
資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センター

それでも事故は起きる

 横断歩道・横断自転車道の指定、信号の設置、歩行者分離信号・自転車分離信号の導入も簡単ではないでしょう。おそらく自転車分離信号はまだどこにも例がないでしょう。ただし、歩行者分離信号と自転車分離信号については統合を研究すべきでしょう。
 加えて、これらの課題がクリアされても、それでもまだ事故は起きます。横断歩道を無視し、信号を無視し、分離信号を意図的にあるいは非意図的に無視するドライバーが存在します。あるいは最短距離、最短時間を求めて、それらのルールを無視する歩行者も存在します。
 一方、空間的分離が出来ない道路に 20km 以下の速度制限を課しても、ハンプや狭窄を設けても守らないドライバーは出るでしょうし、また守っても事故は起きます。
 人対車両に限らないすべての交通事故のデータですが、死亡事故において第1当事者(交通事故における過失が重い者、同程度の場合は人身損傷程度が軽い者)が自動車等(原付以上)運転者である場合の違反の種類上位を見てみます。違反の種類の上位5項目は、「漫然運転」「脇見運転」「最高速度違反」「安全不確認」「運転操作」となっていて、意図的か非意図的かの区分で見るとおそらく非意図的なものであろうと推測される違反が大半を占めます。上記5項目中「最高速度違反」をのぞく合計が全体の約5割を占めます(以上平成16年)。

死亡事故における第1当事者が自動車等(原付以上)運転者である場合の 違反の種類上位10位平成16年
違反内容 死亡事故件数 同構成比
合計 6,503 100.0
漫然運転 930 14.3
脇見運転 845 13.0
最高速度違反 711 10.9
安全不確認 606 9.3
運転操作 568 8.7
歩行者妨害等 383 5.9
通行区分違反 334 5.1
信号無視 287 4.4
安全速度 281 4.3
一時不停止 264 4.1
・・・・・ ・・・ ・・・
酒酔い運転 144 2.2

資料:「交通統計」(財)交通事故総合分析センターより

自動車の凶器性そのものに取り組むべき

 現在の自動車は移動方向を自由に選べます。その選ぶ運転者は人間です。人間はミスをします、過失を犯します。また人間はすべて“良い”人間であるわけではありません。故意にルールを無視する人間も出ます。“良い”人間でも時にはそうなります。現在の自動車は交通事故を起こす可能性を間違いなく持っています。現在の自動車は凶器となり得るものです。
 私たちは、自動車がそうした凶器性を持つことをどうしようもないと諦めてきた感じがします。諦めて自動車そのものの利用を減らそうと考えて来たのではないでしょうか。それはそれで妥当です。このことは後でもう一度触れます。
 しかし、自動車の持つ凶器性を大幅に削減することにも取り組むべきと思います。これは、今や夢ではなくなってきたと思います。トヨタ自動車の宣伝になってしまうところに複雑な思いがありますが、最高級車レクサスに装備されている「プリクラッシュ・セーフティ・システム」がこの可能性を大きく開く技術であるように思います。
 ヨタ自動車のホームページを開くとこの技術について次のように説明しています。「前方の車両や障害物を検知する高性能ミリ波レーダーに加え、大きさや距離を立体的に捉えるステレオカメラと、夜間の認識能力を高める近赤外線照射で前方の状況を常時監視。これまでは難しかった歩行者等の検知機能を飛躍的に向上させています。衝突の可能性が高いと判断した場合には、ドライバーに警報ブザーで知らせ、ブレーキを踏むとアシストが作動して制動力を高めます。ブレーキ操作がない場合には、プリクラッシュブレーキを作動させて衝突速度を低減・・・します。」

プリクラッシュ・セーフティ・システム

資料:トヨタ自動車ホームページ

自動車の安全性能基準の制定を進めよう

 自動車に対しては、自動車が持つべき性能として排気ガス排出基準が定められ、遵守するよう法的に要求しています。これは自動車の排気ガスが、喘息等の原因となり、健康・命を脅かすことから、命・健康を守るための基準として定められてきたと理解しています。
 同様の立場から、自動車に対して、自動車が持つべき性能として安全性能基準の制定を要求していくべきと考えます。命・健康を守る基準としてです。
 具体的な基準の内容は別個丁寧に検討されるべきですが、内容的にはたとえば「自動車は、自分の周りで相対的に運動している物体について常に監視し、自己に対して接近衝突する可能性を予知検知する能力・機能を持たなければならない。そして衝突が予測される場合はドライバーに警告し、さらにドライバーの対応がない場合は運動を自動停止する機能を持たなければならない。」(衝突予防機能)というようなものです。
 また、「自動車は、走行している道路の制限速度を自動的に把握し、制限速度を超える場合は自動で減速し制限速度を超えないようにする機能を持たなければならない。」(制限速度遵守機能)とか「自動車は、信号内容を検知する機能を持ち、信号を無視した運転を防止する機能を持たなければならない。」(信号遵守機能)とか「自動車は、ドライバーの酒気を検知する機能を持ち、検知した場合には運転をロックアウトする機能を持たなければならない。」(酒酔い運転防止機能)とかも安全性能基準の代表的な内容と考えます。
 トヨタ自動車に勤務しITSを推進しているある人から話を聞きました。彼によればプリクラッシュ・セーフティ・システムは、横からの飛び出しを検知する機能がまだ弱いが、前方の障害を検知する機能は相当精度が高いとのことです。自動速度制限については、私が、カーナビの情報としてすべての道路の制限速度の入力を義務づけ、カーナビと連動したスピードコントローラーの装着を義務づけることによって、現在の技術でも十分実現可能ではないかと提起したのに対して、彼は、 それはそうだが道路の制限速度が一時的に変更される場合もあるので、やはり道路側に制限速度情報を発信する機能を用意して、それと交信してコントロールする方がよいだろうとのことでした。信号を検知して信号無視を防止する方法についても、信号機側に信号情報を発信させてそれを自動車がキャッチしコントロールする方法は十分可能だとのことでした。酒酔い運転についても、運転手の周りに複数のセンサーを置くことによってドライバーのみの酒気を検知してロックアウトする事は十分可能だとのことでした。厳しい安全性能基準を制定し、自動車に事故防止のための必要な設備を装備させていくべきであり、また、まだ不十分な技術についてはその開発を促していくべきと思います。
 こうした主張に対しては強い反対が予想されます。自動車の値段が高いものになってしまう、自動車需要者の利益を損ねる、というものです。しかし凶器性を大幅に減らした自動車に乗るべきであると言うことは、交通事故がもたらす生命・健康侵害の重大性を考えるとき自動車利用者が当然守るべきことと考えます。

基礎対策としてのクルマ利用削減

 歩行者&自転車対自動車の事故への直接的な対応策について述べてきました。交通事故に対しては、こうした直接的な対応策とは別に、基礎的な対応策として、クルマ利用そのものを削減することを挙げます。そしてこの方法については、後で別項で述べることにします。

 交通事故については件数で最も多い自動車対自動車の事故への対応策も論じるべきでしょうが省きます。(ただ、安全性能基準の制定・実施は車両相互の事故をも大きく減らすはずです。)また交通事故を減らすには、免許制度のあり方、交通違反に対する罰則のあり方、交通違反の取り締まりのあり方など多面的な角度から改善する方法もありますが、それについても今回は触れません。

1-2.大気汚染

a.喘息の現状

喘息患者は増えている

 国民生活基礎調査によると、15歳以上人口のうち喘息治療のために通院している人の率は1989年~2004年の期間一貫して上昇しています。
 学校保健統計調査によると、幼稚園の児童、小学校・中学校・高等学校の生徒のいずれも、喘息の被患率は 1972 年~2006 年の期間ほぼ一貫して上昇しています。
 一方、患者調査によると、全年齢の喘息患者の率は、1984 年~1993 年の期間は上昇しましたが、以降は低下しています。ただし 15 歳未満の喘息患者の率は1993年まで顕著に上昇した後、高止まっています。
 調査方法が違う3つの調査を紹介しました。国民生活基礎調査は個々の世帯に対しておこなわれ、6月 10 日現在の状況について調べたものです。学校保健統計調査は学校・幼稚園で4月から6月の間に行われた健康診断の結果をまとめたものです。患者調査は、医療施設に対して行われ、10月のある1日について調べたものです。
 おそらく患者調査で医療施設が調査当日だけに限って受療者数を答えているのに対し、国民生活基礎調査での世帯に対する調査の方では、回答者が調査日前後の通院も含めて答えているのではなかろうかと推測します。一方学校保健統計調査は、健康診断時の医者の判断で喘息に被患しているかどうか決めているそうでが、この場合、最も長い期間における喘息の発症状況を調べる結果になっていると考えられます。国民生活基礎調査の数値のレベルが患者調査のそれを大きく上回っており、また学校保健統計調査の数値のレベルが国民生活基礎調査のそれをさらに大きく上回っていることは、これを物語っていると思います。
 正確には分かりませんが、これら3つのデータから、おそらく人口全体に占める喘息患者の率は増加傾向にあると私は推測します。一方こどもの喘息患者の率は明らかに成人のそれを大きく上回っています。

1000人あたり喘息治療通院者数(15歳以上) (単位:人)

資料:国民生活基礎調査より

1000人あたり児童・生徒の喘息被患者数 (単位:人)

資料:学校保険統計調査より

1000人あたり喘息患者数 (単位:人)

資料:患者調査より

自動車排ガスは喘息の増悪因子といわれている

 さて喘息は、空気の通り道である気道(気管支など)に炎症が起き、空気の流れ(気流)が制限される病気、気道がいろいろな吸入刺激に過敏に反応して、咳、喘鳴、呼吸困難が起きる病気です。この喘息の発症に関わる因子として、1) 素因、2) 原因因子、3) 寄与・増悪因子の3つのカテゴリーがあるとの説明をしばしば聞きます。そして、素因としては、重要なものとしてアトピー体質が挙げられ、原因因子としてはアレルゲン(室内塵ダニ、ペット、カビ類や屋外の花粉、昆虫類など)、職業性感作物質、薬物および食品添加物などが挙げられ、寄与・増悪因子としては喫煙(受動喫煙、能動喫煙)、大気汚染(屋外汚染物質、室内汚染物質)、風邪やインフルエンザなど呼吸器感染、心理的ストレスなどがよく挙げられます。自動車の排気ガスはこの3カテゴリー分類では憎悪因子と言うことになります。私は専門家ではないので、喘息をこのように捉えるのが適当かどうかよく分かりません。上記のように3つに分けるべきではないのかもしれないとも推測したりしています。

自動車排ガスが喘息の原因であるかについて争われてきた

 自動車の排気ガスが喘息の発症因子であるか否かについては裁判で争われてきました。西淀川、川崎、尼崎、名古屋の裁判で、工場公害に併せて道路公害が取り上げられ、自動車の排気ガスが喘息の原因であるか争われました。そして自動車の排気ガスと喘息の発病との因果関係がそれぞれの仕方で認定されました。さらに引き続き行われた自動車排気ガス公害のみを取り上げた東京大気汚染裁判では、1次判決で巨大幹線道路の沿道50mに範囲を限定したものでしたが、5たび因果関係が認定されました。

喘息の原因はNO2よりもDEP(ディーゼル廃棄微粒子)

 大気汚染と喘息の因果関係を調べるために、汚染濃度と喘息の発症率の相関率が高いかどうか、疫学調査が行われてきました。その結果NO2濃度の高い地域で喘息の有症率が高いことが確認されてきました。しかし、動物実験ではNO2の曝露で喘息が起きることは立証できなかったそうです。一方NO2濃度とSPM(浮遊粒子状物質)濃度との間には右肩上がりの高い相関関係があることが分かりました。そこで嵯峨井勝氏ら国立環境研究所のチームはSPMの1種であるDEP(ディーゼル廃棄微粒子)と喘息の発症について動物実験を進めました。その結果DEPの曝露により喘息が起きることが確認されました。
 先に述べたように動物実験でNO2によって喘息が起きることは立証できなかったそうですが、しかしNO2が喘息に関係ないわけではないことが分かっているそうです。NO2は気道の線毛を焦げた玉のようにし、喘息を悪化させるそうです(このあたりの記述は「安全な空気を取り戻すために」菱田一雄・嵯峨井勝著に拠っています)。
 喘息にとってDEPが極めて重要な因子の一つであることは明らかになってきたようですが、まだまだ喘息の原因・メカニズムの解明は不十分と見受けられます。

自動車排ガスのSPMはすべてディーゼル車から

 疫学上因果関係が明らかになっているNOXとSPMについてその発生源別割合を見てみます。関東および関西地域において排出されるNOXの約5割、SPMの約3割は自動車部門からのものであり、そのうちNOXに関しては約8割、SPMに関してはすべてがディーゼル車から排出されているそうです。
 喘息の発症に対する自動車排気ガスの寄与の度合いを論ずるには喘息の原因因子やメカニズムが総体的に解明される必要がありますが、SPMとNOXの全体が発症に寄与する度合いの内、自動車排気ガスが少なくとも3割~5割程度寄与している可能性が高いことは推測できます。

関東および関西におけるNOXの発生源別排出量寄与割合(2000年度)

資料:「運輸・交通と環境 2007年版」交通エコロジー・モビリティ財団

サンプルなので以下省略

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