井坂洋士
2025年12月、上岡直見氏の著書『マイカー亡国論・再考』(緑風出版、ISBN 978-4-8461-2512- 7)が発刊された。
本書では、58年前の1968年に発刊された『マイカー亡国論』をはじめ、様々な文献を引用しながら、その後に国内がどうなったのか、国内の豊富な事例を紹介している。クルマがもたらす諸問題を具体的かつ広範囲に扱っており、また上岡氏が得意とするデータに基づいて物事を浮き彫りにする著述は大変勉強になる。本稿ではあえてネタバレはしないので、ぜひ本書を読んでいただきたい。

そして、今回の原典となる『マイカー亡国論』(湯川利和著、1968年、三一書房)は、魔性の道具「マイカー」がいかにして街を壊し、人を壊していくのかを、欧米の先行事例を引きながら、叙述的な語り口で読者に訴えかける。60年近く前の本なので少々現代では違和感を抱かせる表現は散見されるものの、新書判の読みやすい分量ながら、まるで今の日本を予言するかのような内容に度肝を抜かれることと思うので、こちらもぜひ読んでほしい…と言いたいところだが、残念ながら絶版となって久しく、入手困難。比較的大規模な図書館で蔵書していることがあるので[1]、探して読んでほしい。
本書のカバー背面には推薦の辞があるが、「…その幻想にひそむマイカーの魔性を、これほど鋭くえぐりだした本は、世界広しといえどもこの本が最初である。」と紹介されている。本当に「世界初」かは未確認だが、実際、本書が刊行された1960年台はまだ欧米の一部都市が「マイカーの魔性」に気づいて舵を切り直し始めたくらいのもので、マイカー讃美論が世界中を侵食していた頃だ。
その推薦の辞では続けて、「この本は、道路中心主義の現代都市計画と、無責任なモータリゼーション讃美論に対する本質的な批判の書である。」と紹介している。
この『マイカー亡国論』は、かつて湯川利和氏が海外(主に米国)の先行事例から学び、日本をマイカー依存社会にしてはいけないと私たちに警鐘を鳴らす形で提起された著書だ。
当時すでに、この「マイカー」というパーソナル・モータリゼーションの道をまっさきにと進んだ国アメリカは、その道程においてすでに、その地獄の罠に完全に堕ちこんでしまっていた[2]。(p36)
言い替えれば、当時の日本はまだ「マイカー亡国」になっていなかったわけだが、本書が刊行された1968年1月から丸58年経ったいま読むと、残念ながら今の日本はすっかり「マイカー亡国」へと堕ちてしまった感がある。
そこで本稿では、『マイカー亡国論』を抜粋引用しながら、本書が発刊された1968年から今日まで、日本のマイカー問題がどのように悪化してきたのか、つまり『マイカー亡国論』が現実になるまでの道程を、簡単に振り返ってみたい。
なお、「マイカー」の定義は様々あるが、『マイカー亡国論』では「非営利目的のために、個人的に所有され個人運転されている乗用車」(p52)としている。
『マイカー亡国論』ではこの順番に話が進んでゆく。順を追って見てゆこう。
1章 「マイカー文明」へのスタート
2章 マイカー“生活必需品化”への道
3章 マイカー“必需品化”の完成
4章 マイカー“必需品化”による浪費
5章 激化するマイカー災害
6章 マイカー地獄からの脱出
7章 ふかまりゆくマイカー地獄
8章 マイカー増大阻止計画
脚注・出典
1. 2026年1月末時点で、国立国会図書館、札幌市中央図書館、福島県立図書館、栃木県立図書館、埼玉県立久喜図書館、さいたま市立中央図書館、東京都立多摩図書館、神奈川県立図書館(横浜)、神奈川県立川崎図書館、横浜市立図書館、富山県立図書館、名古屋市図書館、京都府立図書館、大阪府立中央図書館、宮崎県立図書館に所蔵があるようだ。都道府県立図書館の蔵書は、同一都道府県内の各市町村の図書館でも取り寄せて閲覧できる場合がある。
「マイカー亡国論」目次(国立国会図書館)
「マイカー亡国論」所蔵図書館(国立国会図書館)
「マイカー亡国論:未来都市建設のために」所蔵図書館(国立国会図書館)
2. 具体例は『クルマよ、お世話になりました―米モータリゼーションの歴史と未来』(ケイティ・アルヴォード著、堀添由紀訳、白水社、2013年刊、ISBN 978-4- 560-08326-0)で詳説しているので、併せてご覧いただきたい。
