マイカー地獄からの脱出
日本でもマイカーの激増によって、諸厄災を惹起し、バスも鉄道も、新幹線などの有力な路線を除けば、ほとんど潰滅してしまう。そこではじめて、鉄道を潰したことが過ちであったと気づかれて、鉄道の再興が図られたとしても、必ずしも成功しないだろう。(p182より抜粋要約)
実際、米国でも鉄道が壊滅し、矛盾に気づい た当時のケネディ大統領が、鉄道に補助金を付けて今ある鉄道路線を維持させるとともに、その後を引き継いだジョンソン大統領は、1964年に「都市大量交通法」(Urban Mass Transportation Act of 1964)を制定して連邦補助制度を創設した
事例が紹介される。(p183)
しかしこの米国での鉄道再興の試みは、特殊な地域を除いて、成功していない。第3章に示したマイカーを増大させ、鉄道を潰滅させてきた下記の諸条件が、鉄道の「再興」をも阻むからだ。
1.鉄道に不利な、道路との不平等競争
2.鉄道なき低密度郊外の肥大化
3.“吝嗇的”マイカー多面利用傾向
生活空間の構造ばかりか、経済・産業構造も、生活意識も、マイカーなしには考えられなくなってしまった後になってから、マイカーを否定するように見える政策を実施しようとしても、頑強な抵抗にあって、遅れてしまう。
そして、遅れれば遅れるほどマイカー単一交通体系に組み込まれてゆき、その過程が進行すればするほど、よりいっそう公共交通体系への再編成は困難になってゆく。(p185より抜粋要約)と著者は指摘している。今の日本で起きていることを思えば[10]、湯川氏はまさに予言者のようだが、これは当時の米国で実際に起きていたことなのだ。私たち日本人が米国の「モータリゼーション」ばかりを猿真似して、その悪影響には見向きもしなかったことが悔やまれてならない。
ふかまりゆくマイカー地獄
巷で語られるマイカーのある生活の楽しさなどは全くの幻想にすぎない。魔性のマイカーに惹き寄せられた人々の運命を語ってゆく。
都市は低密化と郊外の自己拡大が進み、マイカーが当たり前の時代に育った若者には「鉄道再興」は響かず反対勢力になるかもしれない。
マイカーを望んだか否かにかかわらず、「クルマは必需品」になってしまい、これにかかる出費は「必要経費」となって、「無賃の運転手稼業」は逃れることのできない苦役となった。そして事故の恐怖感は日常化し、避けられぬ「運命」となった。マイカーを使って騒音をまきちらし、有毒な排気ガスを出して、自分の健康をそこね、同胞の命を縮め、花々や樹木の命を奪い、鳥たちを追いたてる下手人になってしまった。
筆者(湯川氏)は、人生で一番悲しいことは、自分の過ちで最愛のものを死なせることだと思っているが、このドライバーたちは、その家族ドライブにそのような恐怖感をいだいているのだろうか?もうすでにその恐怖感は、あきらめの感情によって意識の底へと押しこめられているのだろうか?(p222より抜粋要約)
そしてセカンド・カー、サード・カーへと突き進む。
このマイカー“必需品化”を避ける試みがイギリスで計画された。都市設計上の工夫をこらせば、マイカーなしでも、都市の魅力を公共交通体系のみの生活空間に与えうることを示唆している。そして交通安全対策以上の存在にまで高めた自動車道路と完全に分離された歩行者専用プロムナードを導入している[11]。(p237より抜粋要約)
脚注・出典
10. 例えば、過度にマイカー依存が進んだ栃木県宇都宮市で完全新設のLRTを敷設した際にも、頑なな抵抗勢力が現れている。→本誌92号(2018年6月号)「森本章倫さん講演『宇都宮LRT導入の経緯と課題』報告』(杉田正明さん執筆)、本誌99号(2020年3月号)「地域の未来を描くライトレール」、本誌114号(2023年12月号)「ついに走り出した芳賀・宇都宮LRT」を参照
11. 日本でも本書発刊後の1970年前後に造成された多摩ニュータウン(東京都多摩市)などでその片鱗が見られるが、オイルショックと「交通戦争」が喉元を過ぎて熱さを忘れたのか、歩車分離型の都市計画は影を潜めてしまう。
