『自動車の社会的費用・再考』
上岡直見著
緑風出版
2022年5月刊
A5版276ページ
2,700円+税
ISBN 978-4-8461-2208-9C0036
経済学者である故・宇沢弘文氏が1974年に著 した『自動車の社会的費用』は、今も版を重ねて読み継がれています。
宇沢氏は、強引に突き進むモータリゼーションに対し、交通事故や自然環境破壊、渋滞等の負の側面の対策費(社会的 費用)を、本来は自動車所有者・使用者が負担すべきであるとしてその額を試算し、クルマ社会 の弊害を世に問いました。
以来半世紀が経ちますが、宇沢氏の警鐘はど こへやら、交通死者が年間1万人以上も出続けようが排ガスによるぜん息被害が広がろうが、国はクルマ利用を制限するどころか減税政策でク ルマ購入をあおり、台数が増えすぎて渋滞すれば自然をさらに壊して道路を増やし、クルマに便利な社会を築く一方で、公共交通網は衰退するに任せてきました。
その結果、今や都市部以外では、年老いても 体調不良でも貧乏暮らしでも自分で運転しないと生活に支障が出る社会になっています。この現状を、本書の著者上岡直見さんは「クルマ強制社会」と呼んでいます。クルマ天国からクルマ依存に、やがて気づけばクルマ強制に――。移動したければ事故のリスクも費用も含めて自己責任で運転せよ、という現実を物語るこの言葉に、うなずく国民は多いのではないでしょうか。
上岡直見さんは、『クルマの不経済学』『地球はクルマに耐えられるか』『市民のための道路学』 『鉄道は誰のものか』『自動運転の幻想』など、30 年近くにわたりクルマ社会の負の課題――交通事故、クルマの排ガスや騒音、道路建設問題、自動車優遇政策と公共交通軽視政策の不均衡、また、燃料電池車や電気自動車、先進運転技術等への疑問等々――について、多くのデータを分析して問題提起し続けています。
今回の新著は、そうした蓄積の上に、新たな考察を加え、現代の自動車の社会的費用につい て考察しています。兒山真也氏(兵庫県立大学教 授)をはじめ複数の学者の研究を参考に、大気汚染、気候変動、交通事故等々の分野ごとの社会 的費用を分析し総合した試算を車種別に提示しています。専門知識のない私には驚くしかない 数値ですが、その数値だけでなく、さまざまな 問題の指摘に考えさせられる点が多くあります (中には疑問に感ずる点もありますが、ここでは 記しません)。
たとえば、日本における人命の経済的価値は欧米に比べて桁違いに低いという現実、駐車に よる空間占有の問題(車の大部分は停まっている)、炭素税の逆進性など自動車税制の問題、トラックの社会的費用は走行距離当たりでは大型車の値が大きいが輸送量当たりでは小型車の方が桁違いに大きいという現実等。また、物流においてJR貨物は3兆7800億円の社会的費用(大気 汚染、交通事故、道路混雑等々)の回避に貢献しているという試算も示されています。自動運転などIT技術活用推進派の提案をビジョン通り実行すると、データ流通量の増大により電力消費量は2030年には今の15倍に膨張するという話も、 重い警告です。
著者は、『社会の各分野で「車がないと不利益・不便・不安」という領域を解消(軽減)する 対策自体が、社会的共通資本の充実を促す対策となる』と記しています。そのためにはどんな対策が必要か、課題を考える上で多くの人に読んでほしい本です。
(足立礼子 東京都三鷹市在住)