書誌の電子化と書店・図書館の役割 ~ 鉄道ジャーナル誌の休刊によせて

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電子書籍への期待と課題

本誌でこんな話をしているのも、出版流通が単なる娯楽ではなく、論文発表や文献調査等の調査研究にも大きく係わってくるからだ。

私事で恐縮だが、筆者も20年ほど交通政策に関する勉強をしてきたので、関連する書誌を少なからず収集・所蔵している。上述の『自動車の社会的費用』『マイカー亡国論』『都市と交通』などの希少本も蔵書しているのだが、紙の本は保管場所に苦慮しているのが実情だ。
筆者が代表を務めている「持続可能な地域交通を考える会」(以下、弊会)で共同事務所を借りていた頃には蔵書を配架して誰でも読めるようにしていたのだが、事務所を撤収して以降は主に筆者宅で保管しているものの、せっかくの貴重な本を読みたい時に取り出すことも困難な状況になってしまっている。

ぎっしりと本が詰まった本棚の写真です。

[図3]かつて弊会事務所に設置していた交通関連本を読める本棚の一部。事務所撤収に伴い片付けている最中に撮ったので乱雑に置かれているが、当時より本棚に入りきれないほどの本の所蔵管理と活用に悩んでいた

電子版になると、事務所の本棚に置いて会員同士で読み合うようなことはできなくなってしまう半面、実態としては紙の本の保管場所と管理の負担が重く、電子化により紙の本から解放されるメリットの方が勝っている。

それほど紙の本の保管は荷が重いので、個人的には電子書籍の普及に期待しているのだが、課題もある。弊会事務所を撤収した2017年頃にはまだ電子書籍は一部に留まっていたのだが、この8年ほどで急速に普及し、今では大手出版社の発行物は基本的に紙版と電子版が併売されている。
しかし中小出版社はその流れに追いつけず、または紙版と電子版の両方を手掛けることが難しいようで、今なお紙の本しか発行しない出版社も依然として多いし、逆に新興出版社を中心に在庫を持たなくて済む電子版しか発行しない出版社もあるようだ。

そしてもうひとつ、プラットフォーマーなどと呼ばれる一部の電子書籍販売店の盛衰に蔵書が縛られてしまうことに起因した問題もある。
現在は数多の電子書籍が流通しているものの、読者がダウンロードして保管できるものは稀で、ほとんどは購入した電子書店のサーバに保管されている書誌データを都度閲覧する形式になっている。または電子書籍をダウンロードできても閲覧に専用の機器が必要なサービスもある。そのため、電子書籍を購入した電子書店が廃業等すると蔵書を失うリスクが付きまとう。
実際にネット通販大手の楽天(現在の楽天グループ)が同社の経営方針に振り回される形で
「Raboo」を2012年に閉鎖しているし、家電量販店のヤマダ電機は2014年に「ヤマダイーブック」を閉鎖しており[4]、移行措置が取られない(購入した本が読めなくなる)ことが問題になったが、こうした事例がありながらも政府はいまだにまともな消費者保護策を打ち出せていない。

図書館に所蔵されない電子書籍

電子書籍の課題にはもうひとつ、図書館の制度が追いついていない問題がある。

コンクリートに刻まれたスローガン「真理がわれらを自由にする」の写真です。

[図4]国立国会図書館の使命を刻んだ同館本館1階カウンター(同館のWebサイトより引用)

東京・永田町の国会議事堂隣接地にある国立国会図書館の本館に行くと、メインカウンターに「真理がわれらを自由にする」というスローガンが刻まれている。これは日本国憲法が保障する民主主義の一端を、国立国会図書館をはじめとする公共図書館が担っていることを示している。
これに関連して、日本で出版される書誌は全て国立国会図書館が収集し永年所蔵することと、出版者には国立国会図書館へ納本することなどが義務付けられている。
ところが、今のところ電子書籍はこの枠組みから外れている。例外的に電子書籍図書館を開設している自治体もあるが、蔵書はごく一部の電子書籍に留まっており、基本的には紙媒体しか対象になっていない。

交通政策をはじめ、様々な調査研究をするに際して、既存の文献調査をした経験がある人も多いと思う。特に新聞雑誌等の逐次刊行物は過去に起きた事象を参照する際に有効だが、個人や団体で保管することは困難を極め、図書館であっても国立国会図書館や都道府県立図書館などの中核図書館が保管と提供を担っているからこそ、私たちが気軽に利用できる面がある。
今はまだ多くの書誌が紙媒体でも提供されているので、紙で所蔵された書誌を遡ることができるが、電子化が進んだコミックなどではすでに紙の単行本は発刊されず、電子版しか発売されない本もあると聞く。今の流れで電子化が進むうち、図書館等で遡ることのできない書誌が増えてゆく懸念がある。

脚注・出典

[4]  ヤマダイーブック「炎上」 電子書籍事業への教訓(三淵啓自)(日本経済新聞、2014年6月6日)