警視庁警視総監 高橋清孝殿
「横断歩道横断中の歩行者へのアイコンタクト指導についての疑問」~交差点事故に関する警視庁談話(2月17日)についての意見
2016年2月28日
私どもは、交通事故をはじめとするクルマ社会の問題を考え、人の命を最優先にする安全な社会の実現を願って活動をしている市民グループです。交通事故被害者やそのご遺族の会、その他交通問題の会とも交流をもちながら活動をしています。
さて、2月15日と17日に足立区と町田市で、横断歩道を青信号で横断中の小学生を大型車がはねて死亡させた事故を受けて、警視庁より「青信号でも安全とは限らない。必ず左右を確認し、ドライバーとアイコンタクトをとってから横断してほしい」という交通総務課課長代理の談話が出されました(2月18日朝日新聞朝刊・東京版記事より)。この談話には重大な問題点があると考えており、再考を求めるとともに実効ある交通安全対策を申し入れます。
1:道路交通法の精神を軽視する発言
今回の2つの事故は「歩行者は横断歩道を青信号で横断する」という、交通安全の基本である道路交通法を遵守した歩行者が被害に遭ったものです。しかるに、上記の談話は、道路交通法を所管し交通安全の責務を担う警察の交通責任者が自ら法の精神を軽視し、責任の所在を曖昧にするものです。
また、本来はドライバーが全面的に過失責任を負うべきところ、なんの過失もないと考えられる幼い被害者にも過失があるかのように思わせ、責任の一端を負わせようとする(その意図がないとしても結果としてそう解釈される)もので、看過できない発言です。
(ご遺族にとっては二重三重に傷つけられる発言であるとも聞き及びます。)
2:アイコンタクト指導の問題点
さらに、「ドライバーとアイコンタクトをとること」を求めています(警視庁では以前から学童などにアイコンタクトの指導をしています)が、ここにも以下に記すように多くの問題があります。
①短時間の猶予しかない青信号横断中に、歩行者がクルマ接近の危険を感じながらドライバーとアイコンタクトをとることは、大人でも容易ではありません。
そもそも人と車が平面交差する道路で安全確認を十二分にすべきは物理的強者のクルマであり、弱者である歩行者が強者の目を確認しなければ安全を保障されないのは本末転倒です。
ましてや幼い学童に複数の車のドライバーの目をとらえさせ、安全かどうかを判断させること自体に無理があります。子どもは図に示すように、判断力、思考力、視力、体力等が未熟な存在であり、大人が望むような行動はできないことは発達学においても認識されています。
②当会では実際に交差点に立ってアイコンタクトの検証を行いました。すると、トラックなどの大型車ほど運転席が高く、子どもではドライバーの視線はとらえることが大変です。
しかも、天気によってはフロントガラスの反射によりドライバーの顔は見えにくくなります。曇天においては大型車のドライバーの顔はフロントガラスの反射で下からはほとんど見えません。普通車の場合でもかなり見えづらく、真横に来れば見えるようになりますが、それでは事故回避には遅すぎます。まして、雨天で傘をさしていれば、ドライバーの顔を見ること自体が低学年では不可能であり、たとえ見ようとしても、ワイパーの動きや水蒸気の曇りも加わってドライバーの目の視認は困難です。さらに、日暮以降はヘッドライトの強い光が視認の妨げとなります。
③アイコンタクトをしたつもりでも双方に思い違いがあり、逆に危険な場合もあります。検証中も、横道から来たトラックにアイコンタクトで確認したはずが前進され、ヒヤリとしました。子どもがドライバーの目を見て瞬時に正しい判断をすることも難しいですが、もし車が止まらずに迫ってきた場合、とっさに回避することも難しいでしょう。
④もし、左右確認、アイコンタクトをしなければ青信号横断中でも安全は保障されないのが現実であるとするなら、視覚障がい者や、足腰が弱って動作が不自由な高齢者の安全も保障されないことになります。
3:実効ある対策の要望
――歩車分離信号増設の要望――
歩行者が青信号で横断中に被害に遭う事故は繰り返され続けており、今回の事故のような右左折車による事故も絶えません。その原因として、道路・交通システム等における歩行者の安全対策の軽視・遅れがあります。とるべき対策は多々ありますが、信号のある交差点での右左折事故を減らす実効ある対策として、歩車分離信号のより一層の増設を強く望みます。平成23年4月20日付の警察庁通達『歩車分離式信号の整備推進について』でも歩車分離信号は歩行者被害事故の防止に有効であり、早急な整備が望まれると記されています。ドライバーにとっても安全で安心な信号システムです。
歩車分離信号は現在は右折のみ分離式が多いですが、左折事故も防ぐには完全分離式が必要です。2015年3月に多摩市新大栗橋交差点で女児が被害に遭った事故も右折のみ分離であったことが原因によるもので、完全分離式に直されました。事故が起きてからではなく起きる前に、通学路の交差点や自動車交通量の多い交差点から順次、完全型歩車分離信号の早急な増設に総力を挙げてください。渋滞や交通流の心配より、人命の安全を第一に考えてとり組まれることを強く要請します。
以上

出典:杉田聡、今井博之『クルマ社会と子どもたち』(岩波ブックレット)