2023年4月15日、日本女子大学教授の薬袋奈美子さんによる講演会「生活道路を生活の場にする“ボンエルフ”を日本にも」を開催しました。薬袋さんは東京都品川区の会場にお越しくださり、会場とオンライン両方の参加者に向けて、生活道路の意義、欧州のボンエルフの定義や変遷の歴史、日本の道をどう変えていくかなどについて多くの事例を交えてお話しいただきました。考えさせられることの多い内容に質疑も活発に行われました。概要をお伝えいたします。
写真や図表は薬袋さんにご提供いただいたものです。
薬袋奈美子さんプロフィール
日本女子大学家政学部住居学科教授。研究テーマは住環境とコミュニティ、都市計画など。イギリス、デンマーク等国内外の住環境について研究する傍ら、東京の雑司ヶ谷、向ヶ丘遊園跡地、生田緑地、田原町などのまちづくりに携わり、快適で人々が心豊かに暮らせる住空間を研究されています。日本建築学会、日本都市計画学会等に所属。
生活道路に期待したいこと
1.道遊びの役割
最初に、日本の子どもの現状について気になる報告をお伝えします。ユニセフが先進国の子どもたちの心身の健康や学力、社会的スキルなどを調べた『レポートカード16-子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か』(2020年9月発表)によれば、調査対象国38か国中、日本は身体的健康については1位ですが、学力や社会的スキルは27位、精神的満足度は37位という残念な結果でした。
海外の調査研究では、外遊びの時間が長いほど、また、地域に外で遊べる場所が多いほど、子どもたちの幸福度が高いという報告があります。家の近くにいつでも遊べる場所があることの重要性を伝えています。家の前の道も大事な遊び場の1つです(写真1)。
子どもにとって道遊びには多くの効果があります。異年齢の子どもや大人と遊び接する中で、多様性を認め合い、柔軟性を身につけ、遊びや生活の知恵を学び、創造力を育て、運動能力を高める、周辺の地理環境を知る(災害時の避難にも役立つ)、等々。さらに、近所の大人に見守られ、「大きくなったね」などと声をかけられることで自己肯定感が高まる――その効果も非常に大きいと感じています。近頃の子どもは注意するとすぐ逆切れする、などという話をよく聞きますが、日頃から声をかけて信頼関係を築いていればそのようなことはないでしょう。また、最近はとかく頑張ることが評価されますが、道遊びを通して“ほどほどに”いろいろな経験をして自信を身につけることも心の安定に大切です。
2.大人にとっても道の意義は大
道遊びのできる道は、大人同士のコミュニケーションを深めて地域を活性化する効果もあり、人の往来が増えることで防犯対策にも有効です。高齢者にとっても安全に歩ける道、歩きたくなるまちは心身の健康に重要です。4、5年前にイギリスで1年間暮らしましたが、高齢者を中心として人々の孤独が社会問題化していました。「孤独は1日に15本の煙草を吸うのと同程度の健康被害がある」という研究報告を受けて孤独担当大臣ができ、対策の1つとして、車を通行止めにした道路で地域住民が集うストリートパーティーが奨励されました。みんなで食事をしたり遊んだり育てた植物を見せたりと、豊かなふれ合いの場となり、今もよく行われています(写真2)。
日本でも高齢者の多くが孤独を感じ、特に外出頻度の少ない人ほどその思いが強いという調査報告があります。外出頻度を高めるには徒歩や電車やバスで移動できることが大事で、それが健康増進にもつながります。かつて住んだ北陸の町は公共交通が少なく、マイカーがないと暮らせず、中学生の部活の試合も親の送迎が必須でした。運転できない高齢者はどこにも行けません。
ロンドン交通局では、「ヘルシーストリート」のチェック指標を公開しています。ヘルシーストリートとは、「大気を改善し、渋滞を減らし、健康的で、より魅力的な生活、仕事、遊び等を行うための場所にする」というビジョンで、チェック指標は、「きれいな空気、安全と感じる、道を渡りやすい、日陰と休憩場所がある、自転車や公共交通機関を選べる、見るものすることがある」などです。新しい道のあり方が求められています。
欧州の道、日本の道
1.欧州、日本それぞれの課題
日本の道路は歩道が必ずあるわけではなく、歩道があっても狭く、電柱や側溝、駐車車両などが歩行を妨げているような道が少なくありません(写真3)。
一方、私がまちづくりの研究をしている東京都の池袋に近い雑司ヶ谷は、寺社が多い地区で古くからの細い路地が多く残り、進入車両が少ないため、親子で並んで歩ける道なども見られます(写真4)。
欧州では広くゆったりした歩道が多く、高齢者がシニアカーで自由に移動する光景も見られますが、よい道ばかりではありません。ロンドンなどの町中は住宅前の道路が車庫兼駐車場として車で埋め尽くされ、歩行者や自転車は、建物と駐車車両の間の狭い空間を移動しています。(写真5)
また、バスの通るような道路では、横断歩道にはライトが点滅していて車は必ず止まりますが、横断歩道の数は少なく、ほとんどは道路に点線が引かれているだけで、そこを歩行者の責任で渡るしかないようです。
2.遊べる道の復権
ロンドンなどでは、最近はプレイストリート(子どもが遊べる道)を増やす動きがあり、曜日や時間で車両通行止めにして子どもを遊ばせています。アバディーンという町では、『「ボール遊び禁止」という立て札を出すのは禁止』というユニークな通達を出し、子どもたちの外遊びを奨励しています。
日本にも以前から曜日や時間で車を通行止めにする「遊戯道路」というものがあり、1970~80年代に全国で多く指定されましたが、車社会に押されて激減し、名称だけ残っている道も多くあります。しかし、最近はNPOなどが復活させる動きもみられます。
ニュータウンでは、道路を用途により通過交通可・歩行者優先などと種類分けしたりする例も見られます。ただ、日本は常に歩車分離が基本で、歩行者の車道利用はだめ、ベンチ設置も路上イベントも常に歩道でと限定されてしまうことに私は疑問があり、打破できないかと思っています。
ボンエルフの様子
1.市民の要望から生まれたボンエルフ
ボンエルフとは、日本では、ハンプやシケインなど車の速度を抑制させる物理的対策のことを指す、という解釈が定着しているようです。しかし、欧州のボンエルフは本来交通規制であり、「子どもが道で遊んでよい」という交通ルールを実現させるための交通規制や物理的対策を施したエリアです(写真6)。
ボンエルフはオランダで1970年代に作られたのが発祥で、「生活(woon)の庭(erf)」という意味です。当時頻発していた子どもの交通被害をなくそうと、3つの団体(子ども優先、歩行者協会、交通安全協会)が国に働きかけたのが事の始まりで、市民と行政の思いが一つになって実現したのです。ボンエルフは欧州の多くの国々でも共感を得て次々と作られました(図表1)。
名称は国により異なり、オランダも今は、住宅地以外にも導入したいために「エルフ」と称しています。
その後、90年代頃から、ボンエルフに加えて「ゾーン30」が各国に広まりました。これは、ボンエルフに指定できない道路にも時速30km制限という速度規制をかけ、まち全体の交通静穏化をはかろうという意図によるものです。
2.オーストリアのボンエルフ、車は歩行速度が原則
オーストリアでは、76年に「歩行者ゾーン」、83年に「生活の道」というゾーンを設けています。どちらも車の通過は原則不可で、居住地内の車の速度は、歩行速度または時速10~15kmとされています。しかし、複数のドライバーに「生活の道」の標識のことを聞くと、一様に「時速7kmで走行する道」という答えが返ってきました。歩行速度=時速7kmという認識が浸透しているようです。
日本の「ゾーン30」を車で通る際、時速30kmでは速すぎてすぐに停まれないといつも感じています。歩行者の安全を考えれば時速15km以下、より慎重を期すなら時速7kmくらいになります。オーストリアではドライバーの多くがそれを認識し実践しているのは、学ぶべき点だと思います。
2013年には、時速20kmで車も通過できる「出会いゾーン」という歩車共存道(シェアドスペース)が、主に商店街などに作られています。ここには盲人用の点字つき専用横断歩道やライジングボラード(自動昇降式の車止めの杭)が設置されています。
ウイーンはまち全体の道路が時速30km指定で、商店街は出会いゾーン、中心部は歩行者天国となっており、まちのあちこちにボンエルフが見られます(写真7)。
3.イギリスも道の役割に子どもの遊びを明記
イギリスは他国に遅れ、90年代になってゾーン規制を、2000年頃に「ホームゾーン」というボンエルフ様の取り組みを始めました。日本はイギリスよりさらに遅れて96年にゾーン30の前身となる「コミュニティ・ゾーン」事業を始め、2011年になって「ゾーン30」の整備に取り組み始めましたが、まだ一部区域のみというのが現状です。
イギリスのホームゾーンは、少し荒れた地区から導入を進めたところ、外で遊ぶ子どもが増え、ごみの廃棄も減り、コミュニティも活性化したそうです。10年経ったホームゾーンを10か所以上調査したところ、前庭を地域に開いた使い方をする割合が非ホームゾーン地域より高く、住む人の心を開く効果もあることがわかりました。ただ、コストがかかると認識されたため、普及はまだ進んでいません。
ホームゾーンは急に計画され実現したのではありません。他国がボンエルフ作りを始めた77年に、イギリスの運輸省と環境省は住宅地設計の指標となる「デザインブルテン32」において、ストリート(いわば生活道路。交通量の多い道路はロードと称される)の役割として、移動、住居や庭への日照、施設へのアクセス確保などのほか、「子どもの遊び、近隣交流」を明記しています。さらに2007年に運輸省は、ストリートの役割の第一に「場」としての使用、二番目に移動を挙げています。つまり30年の間に、道の第一の役割を移動から生活の場へとランクアップさせてきたのです。
4.デンマークの団地のボンエルフ
デンマークのボンエルフで興味深い事例をご紹介します。写真8はコペンハーゲンの大きな団地内の道の1つです。道の真ん中にコーンや木があるので一見車通行止めに見えますが、右側は車道で、左側は写真9、10のように植栽や遊具やベンチを置いたりできる遊びと交流の空間です。このコーンはゴム製の移動式で、子どもたちが車道も使って遊びたいときは、自分たちでそれを道の中央において車に警告を発するのです。子どもたちもここは本来車が使う道だと理解したうえで断って遊び、ドライバーは「ここは遊び優先だ」というルールのもとで慎重に運転する――、そうした双方の認識と注意によってボンエルフが維持されているように思います。団地内には、このようにボンエルフのある道路が数多くあります。
このボンエルフは、実は長い道路の中央の一区画のみに設置されているものです(図表2)。ボンエルフを作る際の最大の課題は住民の車の置き場です。そこで、中央一区画をボンエルフにする代わりに両外側の道は歩道をつぶして駐車場にしたのです。とはいえ、両外側の道もその出入り口には植栽やごみ箱を置いて通過車両を防いでいるので、ボンエルフの延長のような雰囲気です。団地内道路は時速20kmで、その中のボンエルフは時速15km以下となっています。
団地の外側の道路状況を見ると、団地の入口の外は広い歩道、自転車道、車道が並び、歩道の高さが一番高くなっていてハンプの役割を果たしています(図表3)。
生活の庭を工夫して創る
ボンエルフ作りには経費がかかりますが、市民の工夫で交通抑制をする例もあります。イギリスのある住宅街は通過交通を抑制するため、市の許可を得て道路に植栽を置き、駐輪場所を設け、路面にペイントをするなどの工夫をしました。すると、通過交通が減って車の速度も時速約30km⇒約25kmに下がり、人々が道の中央部(車道)を歩くような姿も見られるようになったそうです。
また、花壇や家々の窓をきれいに飾ることでも通りの雰囲気が変わり、道をゆっくりと楽しみながら歩く人が増えた、という場所もあります。
日本にもボンエルフの導入を
日本では「道路で遊ぶな」と言われますが、道路交通法第76条では「交通のひんぱんな道路において、球技をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること」を禁じているのであり、すべての道路での遊びを禁止しているのではありません。その点をふまえて道路の使い方を考えることが大事です。例えば図表4のように道路の分類をして、安全が確保できるところからボンエルフ導入を検討してはどうかと思います。
分類名 | 道の概要 |
---|---|
①幹線道路(V1・V2) | 大街区を構成し、地域感をつなぐ広幅員で通行車両の多い道路 |
②主要生活道路(V3) | 地域内を通り抜けられる道で、狭隘ではなく、幅が6m程度あり、低速の車両であれば通行に不安を感じない道 |
③住民道路(V4) | 地域内の移動に使われる長距離の道であるが、幅員が十分ではなく(4m或いは狭隘)、車両の通過にあたっては歩行者が立ち止まる等して、通行を譲ることのある道 |
④交流道路(V5) | 地域内の移動にはあまり使われず、沿道住宅等へのアクセスを主として使われる道。短距離の道。 |
⑤前庭通路 | 私道等 |
V1~V5は港北NTの道路分類に相当
ただ、制度として導入できたとしても、意味を理解せず交通規則を守らない人もいます。その空間の意味を伝え、人々の意識を育てていくための工夫、それもお金をかけずにできる工夫も大事です。
新潟県十日町市では、2000年から大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレを開催しており、市が画家に依頼して市内の広場と道路に「チョマノモリ」というアートを描いてもらいました(写真11)。すると、町が歩きやすい雰囲気に変わったそうです。道に絵を描くだけでも町は変わるのです。
私も雑司ヶ谷で、警察署に許可を得て道路に絵を描いてみたところ、「歩いてみたくなる、車で通るのが気が引ける、速度を落として注意して運転するようになる」という意見が多数でした。しかし、その後警察署から「運転する人の気が散って運転の妨げになるのでは」との意見が。そこで、大学構内で路面に模様を描き、子どもに見立てたマネキンを道の端においてドライバーの視線の動きや運転の様子を調査したところ(写真12)、車が速度を落とす割合もマネキンに気づく割合も増えることが確認できました。こうした実験の積み重ねも、ボンエルフの実現に役立つと考えています。
生活道路の機能と役割、道を生活の場として使う権利を明確にし、交通規制と物理的な工夫で安全な環境を創り出し、そして使う側もルールを守ることで、道遊びの文化が日本でも育っていくのではないかと思います。
質疑応答
(Qは質問、Aは薬袋さんによる回答です。)
Q 海外の人々のボンエルフへの理解や意識は?
A 国や地域にもよるが、イギリスでは導入例が多くないので知る人は少なく、住民ですら知らない人もいる。オーストリアでは結構知られている。
Q 欧州では速度違反はないのか。
A イギリスは速度違反に対して厳しい。スピードメーターや防犯カメラも多く設置されており、忘れた頃に違反金を徴収される。
Q ボンエルフに住民が反対した例があるそうだが、その理由は?
A ほとんどの理由は駐車スペースがなくなること。また、経費がかかること。それを上回るメリットがあれば積極的に認める。
Q コストをかけない工夫が必要な理由は?
A 自治体に予算がなく、コストをかけるには費用対効果が問われ、反対が出やすい。低所得者層の町などは予算をつけやすく、地区の雰囲気が改善するので、道のつくり自体を変えるような大掛かりなボンエルフ(ホームゾーン等)を導入しやすい。
Q ボンエルフ内は袋小路のようになり、車は外を走る形なら日本でもできそうに思うが、警察が交通規制権限を握っているので難しいと思う。デンマークの、道路の中央以外の歩道をつぶした例は首長の権限でできたのか?
A あの道路は団地の通路だから住民合意でできた。その後に市に移譲した。市はボンエルフ部分も移譲せよと言ったらしいが、団地住民でコントロールしたいと言って死守したそうだ。
Q 調査した国に交通事故死者・重傷者をなくす「ビジョンゼロ」を目標にしている国はあるか。どういう基準で調査場所を選んだのか。子どもの命を守るにはエリア全体を通行止めにすべきで、それができないのは車におもねっている感じがする。
A 調査した場所の選択基準はおもしろさから。一部に通行止めにしているところもあるが、それはボンエルフではない。オーストリアで、通過交通が多くて通行止めにした所があるが、そのためにバスルートを変更した。住民が合意すれば通行止めにできると思うが、自分の生活を考えても車締め出しはつらい。歩車共存も含め、地域や時代に合わせて多様な選択肢を話し合える場が大事だと思う。
Q ボンエルフ内で死傷事故を起こした場合の刑の重さは?
A わからないし、事故事例も知らない。イギリスではストリートパーティーをするときには保険に入れといわれるらしい。
Q 日本では道路で遊ぶのはハードルが高く、怒られることもある。家の前の道を公園に指定して、例外として緊急車を通れるようにしたほうが理解を得やすいのでは?
A おもしろい発想だと思う。日本では道路で遊ぶなと言う教育が浸透しているので、歩行者専用道や公園に指定するのも一法だと思う。一部の通行止めもよいが、救急車両の通行対策はよく検討すべき。
Q ボンエルフの導入地区で自動車依存度に変化はあるか?
A わからない。変わらないと思う。
Q ボンエルフ実現には結局、合意形成とコストが問題になる。経費をかけない方法として、路側帯の幅を広げたり車道を減らして中央線を消したりするのもよいのでは。
A 日本では最近、車道を狭めて中央線を消す対策も増えており、多少速度抑制されているようだ。しかし外側線を引くと結局は歩車分離となってしまう。
Q 道路ペイントは、日本ではどのような許可が必要か?
A 十日町は市が主導だからできた。アートトリエンナーレで海外の既成概念に囚われないアーティストが多く訪れ、市も警察も慣れたらしい。雑司ヶ谷での実験は、事前に住民の合意形成をとり、地元警察の指示でイベントとして有資格警備員を立てて1日だけ実施したが、後日禁止となった。別の所で目下取り組み検討中。住民の協力が必要なので、協力いただける方はお願いしたい。
Q 集合住宅内でボンエルフを作る可能性は?
A 団地内通路は警察の道路交通法適用外なので一番やりやすい。団地内住民の合意があればできる。大きい団地は公道と私道の区別が明確でない点に注意が必要。
このあと自由意見交換が行われ、薬袋さんにもご参加いただきました。参加者から「日本の歩車分離は車の円滑走行のためでもあり、これからは歩車共存の対策も必要と感じた」という意見と、「歩行者と車はパワーの差がありすぎ、車が威張っている現状では共存は危険」という一見相反する意見が出ましたが、どちらも「人の命より車の利便」を優先させてきた日本社会の課題の重さを表していると思います。欧州も車依存の様子が見えましたが、その中でも、人々が集い、歩き、子どもが遊べる安全な道空間の創出を大切にしている意識には学ぶべき点が多くありました。また、市民の力で道の認識を変えていく工夫など、具体的で前向きな実践ヒントも数多くいただいたご講演でした。