2023年4月に放送された子ども向け交通安全教育番組の内容について、および交通安全に関する番組制作について、クルマ社会を問い直す会としての意見をNHKあてに送りました。
意見書は「NHK Eテレ『キキとカンリ』番組担当」あてと、「NHK ハートプラザ(視聴者意見受付)」あてにそれぞれ作成し、送付しました。
Eテレ「キキとカンリ」の『道を歩くときのキケン』についての意見書
2023年6月7日
NHK Eテレ「キキとカンリ」番組 担当責任者様
クルマ社会を問い直す会
共同代表 青木 勝
共同代表 足立礼子
https://kuruma-toinaosu.org/
group@kuruma-toinaosu.org
Eテレ「キキとカンリ」の『道を歩くときのキケン』についての意見
本年4月と5月に Eテレで放送された『キキとカンリ「道を歩くときのキケン」』を拝見しました。NHKの番組制作の皆様には、子どもを交通事故から守るための番組作りに尽力されておられることに、感謝申しあげます。日本の道路交通政策の現状では、この番組のように児童に自動車への注意を念押しせざるを得ない面もあるかと思われます。しかしながら、この放送内容には次のような問題があると懸念しております。
●子どもの能力以上の注意・責任を要求してはいないか
小学校低学年児童に対して3つの行動
《とまる》大切なものへの意識を中断させ、無条件に動作を停止する。
《みる》目前の興味のあるものへの視点を、遠くの関心の無いものへの視点に転換させる。しかも自動車運転手の状態の詳細まで注視する。
《まつ》現在の行動欲求を抑制し、内向的な努力を優越させる。
を要求していますが、これらは大人にとっても大変高度な行動制御であり、発達途上の児童の能力で充分な遂行を期待することは、無理があります。
スウェーデンのストックホルム大学・児童発達研究所の調査研究では、子どもは視力、聴力、走る車の速度や自分との距離を把握する知覚力、交通ルールや標識の理解力、判断力などが大人より劣る一方で、動きたい欲求や遊びたい欲求が極めて強く、行動抑制力も注意力も乏しいことを明らかにし、子どもに道路で大人と同じ注意や行動を求めるのは限界があること、重要なのは交通環境を子どもの安全に合わせることだと指摘しています(『交通のなかのこども』スティナ・サンデルス著 全日本交通安全協会刊、1977)。その指摘の重要性は日本セーフティプロモーション学会も説いています(『セーフティプロモーション 安全と安心を創る科学と実践』)。
これまで数十年もの間、児童の保護者は警察庁の指導に従って子どもに交通安全の注意を言い聞かせ続けてきましたが、それをもってしても「歩行中の交通事故死傷は7歳児が最多」というのが現実です。この現実こそ、子どもの注意力などの限界の一端を示していると思います。
●子どもの交通事故被害を減らす効果はあるか
番組で設定しているような生活道路では、本来は自動車運転者側が子ども(歩行者)に細心の注意を払って運転すべきですが、放送では「クルマは急に止まれないんだから」とあっさりと免責してしまっています。
NHKは、2021年6月に千葉県八街市で児童5人が飲酒運転トラックに死傷させられた事件のあと、ラジオ第一で「道路経験値を上げる 交通事故から子どもを守るには」と称して子ども側の自衛の必要性を強調しました(これには有識者から“論点のすり替え”だと批判が出ました)。また、先頃は踊りつきの交通安全ソング「ててて!とまって!」でも、一時停止義務を無視した自動車の非は無視して、危険回避の責任を子どもに求めています。このように、子どもに一方的に命を守る注意と責任を押しつけようとする指導が最近増えているように見受けられます。
しかし、自動車で子どもを死傷させた運転者の多くは「前をよく見ていなかった」「子どもがいるとは思わなかった」と証言しています。走る凶器を操る側の問題は不問にして、子どもにばかり注意させていても根本的な「危機管理」にはなり得ません。
「そうはいっても、今の交通環境で命を守るには、子ども自身に注意させるしかない」というお考えかもしれません。それも現実の一面ではあると思います。しかし、子どもにばかり道路での注意責任を求める指導を公共放送が流していたら、多くの運転者の今でさえ希薄な遵法意識はなお遠のき、結果として弱者が犠牲になる事故は逆に増えるおそれもあります。また、この番組を見る子どもたちが将来車を運転するようになったときも、注意するのは子ども側という意識を持つようになり、同様の事故が繰り返され続けることも懸念されます。それは杞憂でしょうか。
●必要なのは運転者、大人への意識啓発では?
NHK『いのちを守る学校に 調査報告“学校事故”』という番組では「学校事故は“コピペ事故”だ」と言っていますが、交通事故もまたコピペ事故であると言えます。交通事故から子どもを守るためにいま大人がすべきことは、子どもは危険認知、判断、危険回避の身体能力が未発達(未熟な存在)であることをふまえて、子どもを守る立場に立った自動車の使い方や道路環境対策を講じることであると思います。
そのような観点を、EテレだけでなくNHK全体で共有していただき、子どもへの指導ばかりでなく、下記のような大人への意識啓発番組や情報番組を増やしていただきたいと願っております。
(ご検討いただきたい番組の例)
- 運転者向けの違法運転への注意警告番組(定期的に流す)
- 子どもは心身が未熟で交通環境に大人のように適応できないことを示す研究紹介
- 交通死者における歩行者と自転車の被害が半数を占める日本の実態と対策の遅れ
- 速度超過、一時停止無視などドライバーの違法運転が横行する現状と対策
- 海外の各国が取り組む交通死者・重傷者をゼロにする「ビジョン・ゼロ」政策に学ぶこと
(ノルウェーでは2019年の16歳未満の交通事故死者ゼロを達成しています。) - 半世紀前からボンエルフやゾーン30などの安全対策を進めている欧州各国などの様子
(パリ市では市内道路ほぼ全域を時速30㎞規制にして歩行者・自転車空間を増やすなど、海外では自動車の速度抑制と利用抑制、歩いて楽しいまち作りの取り組みが最近も目覚ましく進んでいます。) - 子どもを輪禍で死傷させられた親の苦しみとそれが毎日起き続けている現状
など。
以上について、番組担当者様や関係者様のお考えを伺いたく、一度懇談の機会を設けていただければ幸いです。お忙しいとは存じますが、オンラインでの懇談でもかまいませんので、ご検討をいただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
子どもへの交通安全教育番組についての意見
2023年6月7日
NHK ハートプラザ 担当者様
クルマ社会を問い直す会
共同代表 青木 勝
共同代表 足立礼子
https://kuruma-toinaosu.org/
group@kuruma-toinaosu.org
子どもへの交通安全教育番組についての意見
本年4月と5月に Eテレで放送された『キキとカンリ「道を歩くときのキケン」』を拝見しました。NHKの番組制作の皆様には、子どもを交通事故から守るための番組作りに尽力されておられることに、感謝申しあげます。日本の道路交通政策の現状では、この番組のように児童に自動車への注意を念押しせざるを得ない面もあるかと思われます。しかしながら、この放送内容には次のような問題があると懸念しております。
●子どもの能力以上の注意・責任を要求してはいないか
小学校低学年児童に対して3つの行動
《とまる》大切なものへの意識を中断させ、無条件に動作を停止する。
《みる》目前の興味のあるものへの視点を、遠くの関心の無いものへの視点に転換させる。しかも自動車運転手の状態の詳細まで注視する。
《まつ》現在の行動欲求を抑制し、内向的な努力を優越させる。
を要求していますが、これらは大人にとっても大変高度な行動制御であり、発達途上の児童の能力で充分な遂行を期待することは、無理があります。
スウェーデンのストックホルム大学・児童発達研究所の調査研究では、子どもは視力、聴力、走る車の速度や自分との距離を把握する知覚力、交通ルールや標識の理解力、判断力などが大人より劣る一方で、動きたい欲求や遊びたい欲求が極めて強く、行動抑制力も注意力も乏しいことを明らかにし、子どもに道路で大人と同じ注意や行動を求めるのは限界があること、重要なのは交通環境を子どもの安全に合わせることだと指摘しています(『交通のなかのこども』スティナ・サンデルス著 全日本交通安全協会刊、1977)。その指摘の重要性は日本セーフティプロモーション学会も説いています(『セーフティプロモーション 安全と安心を創る科学と実践』)。
これまで数十年もの間、児童の保護者は警察庁の指導に従って子どもに交通安全の注意を言い聞かせ続けてきましたが、それをもってしても「歩行中の交通事故死傷は7歳児が最多」というのが現実です。この現実こそ、子どもの注意力などの限界の一端を示していると思います。
●子どもの交通事故被害を減らす効果はあるか
番組で設定しているような生活道路では、本来は自動車運転者側が子ども(歩行者)に細心の注意を払って運転すべきですが、放送では「クルマは急に止まれないんだから」とあっさりと免責してしまっています。
NHKは、2021年6月に千葉県八街市で児童5人が飲酒運転トラックに死傷させられた事件のあと、ラジオ第一で「道路経験値を上げる 交通事故から子どもを守るには」と称して子ども側の自衛の必要性を強調しました(これには有識者から“論点のすり替え”だと批判が出ました)。また、先頃は踊りつきの交通安全ソング「ててて!とまって!」でも、一時停止義務を無視した自動車の非は無視して、危険回避の責任を子どもに求めています。このように、子どもに一方的に命を守る注意と責任を押しつけようとする指導が最近増えているように見受けられます。
しかし、自動車で子どもを死傷させた運転者の多くは「前をよく見ていなかった」「子どもがいるとは思わなかった」と証言しています。走る凶器を操る側の問題は不問にして、子どもにばかり注意させていても根本的な「危機管理」にはなり得ません。
「そうはいっても、今の交通環境で命を守るには、子ども自身に注意させるしかない」というお考えかもしれません。それも現実の一面ではあると思います。しかし、子どもにばかり道路での注意責任を求める指導を公共放送が流していたら、多くの運転者の今でさえ希薄な遵法意識はなお遠のき、結果として弱者が犠牲になる事故は逆に増えるおそれもあります。また、この番組を見る子どもたちが将来車を運転するようになったときも、注意するのは子ども側という意識を持つようになり、同様の事故が繰り返され続けることも懸念されます。それは杞憂でしょうか。
●必要なのは運転者、大人への意識啓発では?
NHK『いのちを守る学校に 調査報告“学校事故”』という番組では「学校事故は“コピペ事故”だ」と言っていますが、交通事故もまたコピペ事故であると言えます。交通事故から子どもを守るためにいま大人がすべきことは、子どもは危険認知、判断、危険回避の身体能力が未発達(未熟な存在)であることをふまえて、子どもを守る立場に立った自動車の使い方や道路環境対策を講じることであると思います。
そのような観点を、EテレだけでなくNHK全体で共有していただき、子どもへの指導ばかりでなく、下記のような大人への意識啓発番組や情報番組を増やしていただきたいと願っております。
(ご検討いただきたい番組の例)
- 運転者向けの違法運転への注意警告番組(定期的に流す)
- 子どもは心身が未熟で交通環境に大人のように適応できないことを示す研究紹介
- 交通死者における歩行者と自転車の被害が半数を占める日本の実態と対策の遅れ
- 速度超過、一時停止無視などドライバーの違法運転が横行する現状と対策
- 海外の各国が取り組む交通死者・重傷者をゼロにする「ビジョン・ゼロ」政策に学ぶこと
(ノルウェーでは2019年の16歳未満の交通事故死者ゼロを達成しています。) - 半世紀前からボンエルフやゾーン30などの安全対策を進めている欧州各国などの様子
(パリ市では市内道路ほぼ全域を時速30㎞規制にして歩行者・自転車空間を増やすなど、海外では自動車の速度抑制と利用抑制、歩いて楽しいまち作りの取り組みが最近も目覚ましく進んでいます。) - 子どもを輪禍で死傷させられた親の苦しみとそれが毎日起き続けている現状
など。
以上について、番組担当者様や関係者様のお考えを伺いたく、一度懇談の機会を設けていただければ幸いです。お忙しいとは存じますが、オンラインでの懇談でもかまいませんので、ご検討をいただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。