■公共交通■
清水真哉
ここでは公共交通の中でも、鉄道を中心とした軌道系交通機関について、ここ十年ほどの動きを、素人目からではあるが、概観してみたい。
1.廃線の流れ
1970年代以降のモータリゼーションの進展、自家用自動車の急激な普及を主要因として、地方の鉄道が徐々に衰え始めた。一方で、地方の政治家の政治力を媒介とした国鉄の地方路線の建設は終わらず、国鉄の経営は悪化し、最終的には分割民営化され、1987年JR各社の発足を迎えるにいたった。
国鉄を民営化するに際し、赤字地方線の整理がある程度なされたため、JR発足後しばらくは、鉄道路線の廃止は少ない状況が続いた。
ところが、2000年、鉄道事業法が改正され、一年前に廃止届けを提出すれば、国土交通大臣の許可がなくても鉄道事業から撤退できるようになると、にわかに鉄道路線の廃止が話題とされることが多くなった。
あまりに多いので下に箇条書きで並べてみる。(リストは不完全)
- 青森県・下北交通・大畑線(下北-大畑)2001年3月廃止
- 石川県・のと鉄道輪島線(七尾線穴水-輪島間)2001年3月廃止
- 和歌山県・有田鉄道 2002年12月廃止
- 青森県・南部縦貫鉄道(野辺地-七戸)2002年7月廃止
- 新潟県・新潟臨海鉄道(黒山-太郎代)2002年9月廃止
- 福井県・京福電鉄永平寺線2002年10月廃止
- 石川県・のと鉄道能登線(穴水駅-蛸島駅間)2005年4月廃止
- 茨城県・日立電鉄 2005年3月廃止
- 岐阜県・名鉄岐阜市内線 2005年4月廃止
- 北海道・ちほく高原鉄道ふるさと銀河線 2006年4月廃止
- 富山県、岐阜県・神岡鉄道神岡線 2006年12月廃止
- 茨城県・鹿島電鉄 2007年3月廃止
- 宮城県・くりはら田園鉄道 2007年3月廃止
- 兵庫県・三木鉄道三木線 2008年4月廃止
- 宮崎県・高千穂鉄道 2008年12月廃止
- 長野県・長野電鉄・木島線(信州中野駅-木島駅間)2002年3月廃止
- 広島県・JR西日本可部線(可部駅-三段峡駅間)2003年12月廃止
- 愛知 県・名 古屋 鉄道三河線(西中金駅- 猿投 駅間、 碧南駅- 吉良吉 田駅間)2004年4月廃止
- 福岡県・西鉄宮地岳線(西鉄新宮駅-津屋崎駅間)2007年4月廃止
- 長崎県・島原鉄道線(島原外港駅-加津佐駅間)2008年4月廃止
その他に廃線が話題になり、存続のための動きが続いている路線は、秋田県・秋田内陸縦貫鉄道、千葉県・銚子電鉄、千 葉県・いすみ鉄道、岐阜県・樽見鉄道、島 根県・一畑電車の他多数存在する。
地方の鉄道路線が廃止になっていった理由には、自動車社会化の更なる進展があるのであろうが、背景として過疎化、地 域経済の衰退も見逃せない。免許を持てない通学の高校生が利用客の中心になっている路線では、少子化が追い討ちをかけている。
さらに個別の路線では、企業などが貨物用としても利用していたが、企業の撤退、トラック輸送への切り替えなどで貨物 路線として利用されなくなった途端 に存続が 難しくなったという鉄道も少なからずある。(有田鉄道、新潟臨海鉄道、神岡線、鹿島電鉄、他)
また、鉄道設備の更新費用を捻出できないため、事故(永平寺線)や天災(高千穂鉄道)をきっかけに廃線になるという路線もある。
2.経営承継による存続
路線の存廃問題で 長く揺れた後、事業の承継会 社が 現れることにより存続されることになったという事例もある。
- 富山県・万葉線 2002年 加越能鉄道から万葉線株式会社に事業譲渡
- 三重県・三岐鉄道北勢線 2003年 近畿日本鉄道から三岐鉄道に事業譲渡
- 福井県・越前本線(現在 の勝山永平寺線)ならびに三国 芦原線 2003年 京福電気鉄道からえちぜん鉄道に事業譲渡
- 和歌山県・貴志川線 2006年 南海電気鉄道から和歌山電鐵に事業譲渡
これらの再生例に共通するのは、地元住民による熱心な存続活動が行われたことである。そして承継会社による経営努力が、現在にまで至る事業継続を可能としている。
3.整備新幹線並行在来線問題
経営承継による存続という表面は似ていながら、異なる様相を示すのが、整備新幹線に並行して 走る在来 線が JR から経営分離され、地元の自治 体やJR貨物などにより設立された第三セクターに引き継がれるという問題である。
- ・しなの鉄道 1997年の長野新幹線開業に伴い、並 行在来線となる信越本線のうち、JR東日本より軽井沢-篠ノ井間を経営移管され開業。
- ・IG Rいわて銀河鉄道 2002年、東北新幹線の八戸延伸に伴い、東北本線盛岡駅-目時駅間をJR東日本から承継しいわて銀河鉄道線として開業。
- ・青い森鉄道 2002年、東北新幹線の八戸延伸に伴い、東北本線盛八戸駅-目時駅間をJR東日本から承継し開業。さらに2010年、東北新幹線八戸-新青森開業に伴い、東北本線八戸駅-青森駅間も承継。
- ・肥薩おれんじ鉄道 2004年、九州新幹線、新 八代-鹿児島中央間開業とともに、JR九州から鹿児島本線八代-川内間を承継し開業。
今後、北 陸新幹線が開業すると、JR西日本は、並 行する北陸本線だけでなく、大糸線、高山本線、城端線、氷見線、七尾線などの枝線も同時に経営分離するという憶測がある。
平 行在来 線切り離し問題は、 現在 の国の鉄道政策・交通政策の歪(ひ ず)みを 映し出している。
当該 のJR は平 行在来 線をまるごと経営分離するのではなく、鹿児島中 央駅-川内駅間や長 野駅- 篠ノ 井駅間のような採算性 の高い 区間は 残し、 採算 の見込 みのない区間のみを第三セク ターに経営移管 する。三セク の苦境 はあらかじめ設 定されているのである。利用者側からすると、まずJR時 代からすると1.3倍から1.65倍程になる運賃の値上げ が待っている。さらに別会社となったため、JR区間に乗り継ぐと初乗り料金を改めて支払わなくてはならないという不合理に直面する。
生活 路線として鉄道を利用している地元の人たちのこのような状況を見聞 きすると、新幹線建設はそもそも誰のためなのかという疑問や 、公共 性のある鉄道運営を 利潤追求を至上命題とする私企業に任せることの限界を感じざるを得ない。
た だ北陸本 線の平 行在来 線問題に 取り組むグループからは、富山港線のようにいっそJRから 切り離してもらって、自分たちの鉄道としてより高い利便性 を求めて 再生 していきたいという志を伺うことも出来る。
4.路線の新設
このように廃線や経営 難の例ばかりを羅列 すると、一方向に鉄道の衰退が進んでいったような印象を抱いてしまうが、同時期に新規に開業した鉄道路線も少なくない。
東北新幹線が2002年に盛岡-八戸間、2010年に八戸-新青森間と延伸し、九州新幹線は2004年にまず新八代-鹿児島中央間で開業し、2011年3月には博多まで全線開業した。
新幹線以外の鉄道や地下鉄でも下のような路線が新規に開業している。
- 東京臨海高速鉄道りんかい線 2002年12月全線開業・東京メトロ半蔵門線 2003年3月全線開業
- 名古屋市営地下鉄上飯田線 2003年3月開業
- 横浜高速鉄道みなとみらい21線 2004年2月開業
- 名古屋市営地下鉄名城線 2004年10月全通、環状運転開始
- 福岡市地下鉄七隈線 2005年2月開業
- つくばエクスプレス 2005年8月開業
- 東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)2006年3月豊洲まで延伸開業
- 富山ライトレール富山港線 2006年4月開業
- 大阪市営地下鉄今里筋線 2006年12月開業
- 東京都交通局日暮里・舎人ライナー 2008年3月開業
- JR西日本おおさか東線 2008年3月部分開業
- 東京メトロ副都心線 2008年6月開業・京成成田空港線(成田スカイライナー)2010年7月開業
思い付いた だけでもこれだけの新 規路線があるのである。鉄道は決して衰退を続けている訳ではない。アメリカ、中国、ベトナム、ブラジル、インド、ロシアなど、海 外ではむしろ鉄道ルネッサンスという表現が使われるほど鉄道の建設事業は活況を呈している。日本でも、JR東 海が中 央リニア 新幹線を国の助けを 基本的に 借りずに、一企業の事業として建設すると発表したニュースは耳をそばだたせた。
国鉄破綻以降に建設されたこれらの新線は、一定の条件を満たさなくてはならなかった。それは、クルマ社会と共存しうること、自動車社会においても生き残れる高規格の鉄道であるということである。
この条件をまず 満たすのは、自動車をはるかに上回る超高速で遠距 離移 動できる新幹線である。それから自動車交通の障害となることなく、都市内での移動の需要を満たせる地下鉄ならびにモノレールおよび新交通システム(ゆりかもめ、舎人ライナー等)であった。
京葉線、り んかい線、つくばエクスプレス、 成田スカイライナーなど、一般の鉄道もいくつか新設されているが、これらに共通して言えるのは、新学園都市や埋立地に造成された新都市あるいは新空港と都心を 結んでいるという点である。新線は主に地下や高架を走るので踏切がなく、最高速度は130 km以上で、自動車に対し鉄道の優位性を示せる速達性を有している。
こうしたなかで、富山ライ トレール富山 港線は新 幹線建設に伴うJR西 日本の在来 線切り離しの先例とも見做しうるが、路面走行区間を一部新設しており、自動車交通に対して公共交通の優先 性を主 張する動きの先触 れであったということになるかが、今後問われてくる。
5.道路交通優先下での財政の壁
地 域の住民の足である地方鉄道のレールが次々失われていく中で、国の予算はま だまだ自動車交通への偏重が続いている。平成20年度予算で、国と地方の道路予算は約7.7兆円もあるのに対して、国土交通省鉄道局予算は約4500億円である。しかもその大半は整備新幹線や地下鉄の整備に使われ、地 域鉄道に配分されるのはわずか20億円程度しかない。高速無料化の予算1200億円と比較すると、その少なさを実感し得るであろう。道路予算の一部でも回してくれれば、日本のすべての赤字路線を救い、 運賃を下げて利用客増を図ることもできる
地方ローカル線に乗ると驚くのは、運行本数は少ないのに、一列車あたり驚くほど人が乗り、なかなか座ることなど出来ないことである。利便性は低いのに、混雑振りだけは大都市並みなのである。地方の鉄道についても、近代化のためにもっと大々的に資金を投入して、自動車よりも速く便利にし、サーヴィス水準を上げる必要がある。
日本の鉄道行政は、独立採算という呪縛に捉われ、乗客の快適性など忘れてしまい、高規格化された道路にますます利用者を奪われるという悪循環から 脱する 手がかりを掴めていない。
いま、交通事業は独立採算でという原理原則に対して、富 裕な自治体が補助金によって低価格 に抑えた コミュニティーバスを 走らせるという横紙破 りを始めている。公共交通に対して公 金から 支出をしてもよいという住民の 意識 が醸成 され始めているのかも知れない。高山線などの増便に富山市が補助 金をだすという実験 は、こうした意味 で眼を惹くものである。
経済が拡大を続ける局面で国民も若かった時代には、自動車の保有率も高まり、自動車社会が進んでいったが、免許を手放さざるを得ない高齢者が増え、 若者も低所得にあえぎ自家用車どころでないとなりつつある。中古の軽であってもマイカーを維持できている層では、ガソリンが安ければ日々の移動は安価で済むが、近い将来、ガソリン価格は必ず高騰、い や暴騰してくる。そうなると鉄道やバス以外、移動手段は見当たるまい。
ハイブリッドカーも電気自動車もこうした問題の解決策にはならず、人々が鉄道に頼る時代がまたやって来る。その日を目指して地方鉄道や路面電車を維持し、公共 施設、 職場、住宅、商業施設を駅の周辺に集め、鉄道を中心とした街づくりを進めなくてはならない。