書誌の電子化と書店・図書館の役割 ~ 鉄道ジャーナル誌の休刊によせて

井坂洋士

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『鉄道ジャーナル』誌が2025年4月発売の6月号をもって休刊することになった。本稿を執筆している2025年4月下旬に最終号が発売されたので、本稿が読者のお手元に届く頃にはもう続刊が出ていない状況となっているだろう。
鉄道ジャーナル誌は趣味雑誌のひとつではあるが、趣味に特化している類似の他誌と違って、交通政策などにも触れる硬派な記事も掲載していたので、筆者もほぼ毎号目を通していた。ゆえに、ことさら残念に思う。
同誌の既刊(バックナンバー)は在庫がある限り販売されるそうなので、興味がある人は出版社に問い合わせてみてほしいし、近隣の公共図書館などに蔵書があるうちは読めるだろう(ただし雑誌を無期限で蔵書している地方自治体の図書館は思いのほか少なく、蔵書していても数年で廃棄されてしまうことが多いようだ)。

本稿では、同誌が休刊する背景にある「出版不況」と鉄道の置かれた状況について、簡単に振り返ってみたいと思う。

鉄道ジャーナル誌のwebサイトのスクリーンショットです。

[ 図1]2025年6月号をもって休刊を伝える鉄道ジャーナル社のWebサイト(2025年4月時点)より引用

出版不況

まずは「出版不況」と呼ばれて久しい現象と本誌の休刊は、無縁でないだろう。
とはいえ出版流通総額で見ると横ばいから微減の状況なので、ひとくちに「出版不況」と言っても内情が伝わりにくいのだが、内訳を見ると紙の雑誌が顕著に減り(2014年から2024年にかけて48%減)、紙の本も減少(同21%減)、それらを電子コミック(同498%増)が補っている[1]。実態は紙から電子書籍への移行が進んでいて、その流れに乗れなかった事業者の衰退が著しいようだ。

この10年来、紙の本の流通を担っている出版取次の厳しい状況が表面化している。当時取扱高4位の栗田出版販売が2015年に民事再生法の適用を申請。栗田の事業を継承した当時3位の大阪屋も2016年に楽天グループに事業譲渡して解散。太洋社が2016年に自主廃業し、芳林堂書店[2]などが連鎖倒産している。
そして、健在の出版取次大手2社も他人事ではなく、本業では赤字にあえいでいる[3]
出版社でも自転車やファッション等の雑誌を手掛けていた枻(えい)出版社が2021年に倒産(民事再生法適用申請)するなど、中小雑誌社を中心に厳しい状況に置かれている。

かつては雑誌扱いで流通していた紙のコミック類が書店と取次の運営を支えていたが、この10年ほどで紙のコミックが電子書籍に移行したことで紙の本の流通総量が減少し、残った紙の本や雑誌にかかる流通経費が増大して、雑誌出版社や取次業者の経営を圧迫している…というのが大まかな構図のようだ。

各年の出版市場の推移を示す棒グラフです。2014年は紙書籍7,544億円、紙雑誌8,520億円、電子コミック887億円、電子書籍192億円、2024年は紙書籍5,937億円、紙雑誌4,199億円、電子コミック5,122億円、電子書籍452億円

[図2]紙+電子 出版市場の推移(2014年〜2024年)出典:出版科学研究所 

紙の本と電子書籍

このような状況で電子書籍が紙の本を潰したかのような単純な論調も散見されるし、読者目線で紙の本への哀愁が語られることも多いが、実態はむしろ電子書籍が売れていることで出版流通総額が微減で済んでおり、出版業界を下支えしている側面もありそうだ。

また読者目線でも、紙の本への哀愁と引き換えに、電子化により紙の蔵書管理から解放されるメリットもある。

筆者も20年ほど前から交通問題を勉強してきたので、当時から累積する専門書誌を膨大に抱えて保管場所に苦慮している。近年は電子書籍への移行を進めており、新刊は専ら電子版で購入するようにしている(紙の本はもう置き場がない!)。

しかし専門書などの硬派な本を出版している版元では、電子版を発行していない版元も少なくない。さらに売上が期待できない既刊本となると、電子化されることもなく実質絶版となって出版市場から零れ落ちてゆくのが実情だ。
例外として宇沢弘文氏の名著『自動車の社会的費用』(岩波新書、1974年)は電子化されたが、湯川利和氏の『マイカー亡国論』(三一書房、1968年)や岡並木氏の『都市と交通』(岩波新書、1981年)などの名著は絶版となったままで、図書館の蔵書を探すか古書店等の流通在庫を探し回るしかない。

脚注・出典

[1]  2024年出版市場(紙+電子)は1兆5716億円で前年比1.5%減、コロナ前の2019年比では1.8%増(出版科 学 研 究 所、2025年 1 月24日

[2]  多くの店舗が閉店したが、芳林堂書店の現在の店舗は、アニメイトグループの書泉が商号ごと継承して営業している。

[3]  2大取次が本業で赤字 出版流通の危機が深刻化  永江朗(週刊エコノミストOnline、2024年6月21日)