クルマ社会を問い直す会は、2018年3月30日、下記の要望を警察庁長官ほかへ提出しました。
自動車の速度抑制対策、歩車分離信号の増設を求める要望書
自動車の速度抑制対策、歩車分離信号の増設を求める要望書(PDFファイル)
警察庁長官殿
内閣府政策統括官交通安全対策室長殿
自動車の速度抑制対策、歩車分離信号の増設を求める要望書
2018年3月30日
クルマ社会を問い直す会
http://toinaosu.org/
最近、交通事故は関係機関のご努力もあって減少傾向にありますが、年間死者数はいまも4600人を超え(平成28年の30日以内死者数)、うち半数は歩行者・自転車利用者が占めるなど、現状は深刻な状況です。
「第10次交通安全基本計画」では、基本理念に「高齢者,障害者,子供等の交通弱者の安全を一層確保することが必要となる。交通事故がない社会は,交通弱者が社会的に自立できる社会でもある。このような「人優先」の交通安全思想を基本とし,あらゆる施策を推進していくべきである。」と記され、歩行者と自転車の被害を減らすことが目標に掲げられています。その真の実現のために、以下の対策を強く要望いたします。
要望項目(骨子)
- 一般道の最高速度は、歩行者等の安全と良好な地域環境を守るため、極力抑制する方向で見直し、速度違反の取り締まりを強化してください。
- ゆっくり安全に運転することのメリットを社会に発信してください。
- 「ゾーン30」を、より低速の歩行者優先ゾーンへと発展・拡大してください。
- 「完全型歩車分離式」の歩車分離信号の設置をさらに進めてください。
要望項目の補足説明
1.一般道の最高速度は、歩行者等の安全と良好な地域環境を守るため、極力抑制する方向で見直し、速度違反の取り締まりを強化してください。
警察庁では平成21年度より一般道の最高速度の引き上げを進め、26~28年度には最高速度40~50㎞道路を中心に引き上げ策が実施されました。
平成29年12月の通達では、「これまでの点検対象路線のほぼすべてで規制速度と実勢速度の乖離状況が改善し、実勢速度上昇傾向や交通事故増加傾向はみられなかった」として、「一層合理的な最高速度規制の点検・見直しに努める」ことを記しています。しかも、今回は点検対象の要件の1つに「平成21年以降の3回の最高速度規制の点検の取組において、警察として規制速度の引き上げの可能性を積極的に検討していたが、住民等の理解が得られなかった等の理由により規制速度が現状維持とされた区間」を挙げています。すなわち、「過去に住民等の理解が得られなかった区間」も再度引き上げ対象にせよという通達です。
しかし、一般道路は歩行者・自転車も利用する地域の生活空間の一部であり、速度引き上げには以下に記すように多くのリスクがあります。住民の意見を無視するような強引な速度引き上げには、強く反対します。
【速度引き上げにより懸念されるリスク】
- ドライバーには潜在的に先を急ぐ心理があり、速度引き上げ後しばらくは遵法速度に収まっても、いずれ徐々に速度を上げていく懸念がある。走行速度が上がれば事故リスクも上がる。自動車の制御距離も衝突時の衝撃も速度の二乗に比例し、衝突速度が上がるほど歩行者の致死率も上昇する。
- 日本は、最高速度引き上げ対象となっている幹線道路などの大きい道路と生活道路とが混在している地域が多い。幹線道路なども生活のための道路として歩行者や自転車も多く利用し、通学路にかかる地域もあり、横断中の歩行者被害も多い。通達では、これまでの最高速度見直し施策により「ほぼすべてで交通事故増加はみられなかった」としながらも、「一部に事故増加も見られる」と記しており、事故増加リスクは払拭できない。
- 警察庁では歩行者安全対策として生活道路の30㎞/h規制や「ゾーン30」の整備も推進しているが、一般道路の規制速度を引き上げると、ドライバーの先を急ぐ心理が刺激され、生活道路やゾーン30内で速度を充分に落とさない(気持ちの切り替えをしにくい)懸念や、ゾーン30整備に消極的になる懸念もある。一方、歩行者(特に子どもや高齢者、障害者等)もゾーン30内と他の道路での車の速度の差が大きいと、対応の切り替えがうまくできず、事故につながるおそれも心配される。
※ドライバーが常に法規遵守、歩行者優先の意識と注意力を持っているなら上記の心配は杞憂であるが、現実にはドライバーの多くは速度遵守はおろか交差点での一時停止、信号のない横断歩道での歩行者優先、等の意識も欠いており、事故のほとんどは法規違反、安全不確認、操作ミスなどに起因している現実では、事故リスクの懸念は尽きない。 - 自動車の速度が速いほど、歩行者・自転車はより多くの注意を強いられ、身心への負荷が増す。特に高齢者や障害者、子どもなどの外出意欲や機会が阻害される懸念もある。
一般道は自動車のためだけのものではありません。規制速度の検討には、実勢速度よりも地域住民の安全・安心な生活環境を第一に考慮し、歩行者・自転車利用者が安心して横断などのできる速度に下げることを要望します。
また、ドライバーの速度違反は常態化していますが、警察は取り締りをもっと強化し、遵法速度走行の徹底にこそ力を注いでください。
2.ゆっくり安全に運転することのメリットを社会に発信してください。
実勢速度に合わせた最高速度引き上げは、交通流の円滑化とドライバーの利便向上にも資するというねらいがあってのことと推測します。しかし、一般道は信号や横断歩道もあるため、速度を速めても目的地までその分早く着くとは限りません。速度を速めることによる疲労のリスクも考慮する必要があります。
九州大学名誉教授、松永勝也氏の研究*によれば、「7.5㎞区間を最高時速40㎞、50㎞、60㎞で走行した場合、所要時間はほとんど変わらない」「交差点を黄色信号で止まらずに走る場合と停止した場合では、所要時間はほぼ変わらず、停止したほうが楽に運転ができ、見えるものが増える」「早く走ろうとすると血圧上昇幅が大きくなり、疲労度が高まる」等のことが報告されています。また、タクシー会社で速度管理を徹底したところ、管理以前より事故が半減し、疲労度が減って走行距離が増え、1台当たりの平均収入が2割上がったというデータもあります。
走行速度を上げるほどドライバーの視野は狭くなり、危険認知力は低下し、衝突リスクも衝突時の被害も増大します。一方ドライバーはより多くの注意力と緊張を強いられ、心身のストレスが増します。道路の最高速度を上げれば、実際以上の時間短縮効果が「期待され」てその分の仕事量が増え、過重労働となるドライバーが増えて事故リスクを増大させるおそれも、現実をみれば想像に難くありません。
警察庁は速度を上げることよりも、「ゆっくりと安全第一に法規遵守で走るほうが事故削減につながり、ドライバーの心身に、ひいては仕事の効率性においても有益」ということこそを、社会に積極的に発信してほしいと思います。信号のない横断歩道の前に歩行者がいても自動車を停止させるドライバーは1割しかいない(JAF調査)、という現実が社会問題にもなっていますが、そのようなドライバーの意識変革にも大きく資すると思います。
*『交通事故防止の人間科学』〔第2版〕ナカニシヤ出版、2006.
3.「ゾーン30」を、より低速の歩行者優先ゾーンへと発展・拡大してください。
警察庁が歩行者の安全対策として平成23年より進めている「ゾーン30」は、全国に3105箇所(2016年度末)整備され、整備後は事故が2割以上減ったと報じられており、ご努力に敬意を表し、さらなる整備を期待します。と同時に、より歩行者の安全を高めた安心して歩けるゾーンにするための対策を望みます。
ゾーン30は、本来はボンエルフの理念のように「歩行者が優先権を持つ空間(子どもの遊びも許される)、自動車はゆっくり歩く速度で走行する」空間であることが望まれますが、日本では単に「時速30㎞以下で走行する区域」という認識が先行し、理念への理解が充分浸透していないように見受けられます(ゾーン内の実勢速度平均は約32km/hであること、ハンプ等の設置に地域住民の理解が得られにくいことも、その表れのように思われます)。時速30㎞という速度は、衝突時の歩行者の致死率は10%あり、重傷を負うリスクもあり、歩行者が安心して歩ける速度ではありません。
ゾーン内を真に歩行者の安全空間とするには、ドライバーが常に「歩行者優先」を意識して可能な限り低速で走ることが求められます。その実現のため、徐行程度の低速走行を基本とするゾーンへと発展させ、理念がより的確に伝わるような名称(例「歩行者優先ゾーン」など)への変更も検討してください。
4.「完全型歩車分離式」の歩車分離信号の設置をさらに進めてください。
歩車分離信号は2017年3月末現在、全国の交差点で8900基にまで増え、大変喜ばしいことです。しかし設置率は未だ信号機全体の4.3%にとどまり、今後も歩行者が横断中に、右左折車に巻き込まれて犠牲になる事故はあとを絶たないことが危惧されます。
交差点での歩行者巻き込み事故は、毎年15.000件以上発生していると聞きます。青信号で横断中の歩行者は、右左折車のドライバーに見落とされ側面や背後から突っ込んでこられたら、なす術はありません。
歩車分離信号は、歩行者や自転車などの交通弱者が交差点を横断する際に、右左折車による巻き込み事故を減らす上で大変有効性が高いものです。今後もさらなる増設を早期に進めることを強く要望いたします。
なお、横断者の万全な安全確保のためには、「右折のみ分離式」ではなく、歩行者専用現示式や右左折車両分離式等の「完全型歩車分離式」の信号を導入してください。特に、横断者が多く、トラック混入率の高い交差点や右左折車の多い交差点、通学路の交差点には、横断者の安全を最優先し事故が起こる前に歩車分離信号への改善を進めてください。
また、これは歩車分離信号に限りませんが、横断歩行者の実態を勘案し、高齢者や障害者も安心して渡れるよう、歩行者横断中の青点灯時間を充分確保するようにしてください。
以上