SDGsの実践はクルマ社会の克服につながる可能性があります
SDGsとは
SDGsとは「Sustainable Development Goals(=持続可能な開発目標)」の略称で、2015年の国際サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界をめざそうという国際目標です。これは2001年に設定され、2015年に期限を迎えたミレニアム開発目標(MDGs
(日本政府はDevelopmentを「開発」と訳していますが、「発展」または「発達」という語がより適切かもしれません。)
MDGsでは、次の8つの目標が掲げられました。
1.極度の貧困と飢餓の撲滅。
2.初等教育の完全普及の達成。
3.ジェンダー平等推進と女性の地位向上。
4.乳幼児死亡率の削減。
5.妊産婦の健康の改善。
6.HIV/エイズ・マラリア・その他の疾病の蔓延の防止。
7.環境の持続可能性確保。
8.開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
これらの目標の達成をめざして努力した結果、極度の貧困に苦しむ人々の数や死亡する子供の数などは減少しましたが、依然として多くの人々が飢餓で苦しんでいる地域もあり、さらなる努力の必要性が指摘されました。また、格差の拡大や環境破壊の進行などより深刻化した問題もあります。そこで残された課題と新たな課題の解決のためにSDGsが採択されることになりました。SDGsでは、世界全体で2030年までに、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現を目指しています。
SDGsは、MDGsが残した課題に加え、気候変動や防災等の環境に関連する課題を含む、17の目標と169のターゲットが設定され、その実施方法や具体的な内容も盛り込まれています。
17の大きな目標は次の通りです。(各項目は簡略表現による)
1.貧困をなくそう。
2.飢餓をゼロに。
3.すべての人に健康と福祉を。
4.質の高い教育をみんなに。
5.ジェンダー平等を実現しよう。
6.安全な水とトイレを世界中に。
7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに。
8.働きがいも経済成長も。
9.産業と技術革新の基盤をつくろう。
10.人や国の不平等をなくそう。
11.住み続けられるまちづくりを。
12.つくる責任つかう責任。
13.気候変動に具体的な対策を。
14.海の豊かさを守ろう。
15.陸の豊かさも守ろう。
16.平和と公正をすべての人に。
17.パートナーシップで目標を達成しよう。
SDGsとクルマ社会問題の関連
これらの目標のうち、特にクルマ社会の問題と深く関わっているのは、「13.気候変動に具体的な対策を」でしょう。
自動車は地球温暖化の主原因である二酸化炭素を特に多く排出します。国土交通省の資料によると、2019年度における日本の二酸化炭素排出量(11億800万t)のうち、運輸部門からの排出量は18.6%にあたる2億600万トンとなっていますがそのうち86.1%は自動車からの排出となっています。
輸送量当たりの二酸化炭素排出量も自動車が際立って多くなっています。国土交通省の資料によると、旅客では、自家用自動車が130g(人km)、航空が98g、バスが57g、鉄道が17gであり、自家用自動車は鉄道の7倍以上となっています。貨物では、自家用自動車が1166g(トンkm)、営業用貨物車が225g、船舶が41g、鉄道が18gで、自家用自動車は実に鉄道の約65倍、営業用貨物車は約13倍となっています。
自動車が排出する温室効果ガスは、環境性能に優れているとされ「エコカー」とも呼ばれる電気自動車(EV)や水素自動車が、ガソリン車の代替として普及すれば減少するといわれています。たしかに電気自動車の場合は走行中の二酸化炭素排出はわずかです。水素自動車の場合は走行中に水蒸気しか出さず、直接的な二酸化炭素の排出はほぼゼロと考えられます。
しかし、電気自動車の走行に必要な電力の生産過程では二酸化炭素が排出されます。また水素自動車の場合も水素の製造過程で二酸化炭素が排出されます。これらの「エコカー」が排出する二酸化炭素量は、ガソリン車よりは少ないものの、鉄道の数倍になると指摘されています。
二酸化炭素は自動車の製造過程でも大量に排出されます。日本では自動車一台を製造するために600kg以上のもの二酸化炭素が排出されています(自動車の維持管理や廃棄の際に排出される分を含めるとその5倍程度になるともいわれています)。製造過程における二酸化炭素排出量は電気自動車になるとさらに増え、ガソリンエンジン車の2~2.5倍になるとされています。「クリーン」とされる電気自動車であってもその製造過程を含めて考えると大きな二酸化炭素排出源になっているのです
自動車がヒートアイランド現象を加速させているということも大きな問題でしょう。
一人当たりで比べると、クルマは鉄道やバスに比べて約15倍の空間を必要とします。しかもその自動車のための駐車場や道路のほとんどはアスファルトやコンクリートで舗装されます。近年自動車数の増加に伴い、各地で農地や緑地などが次々に駐車場や道路などに変えられています。緑地のままに残しておけば、そこに生えている樹木等によって二酸化炭素が吸収されます(36~60年生のスギの人工林1ヘクタールが1年間に吸収する二酸化炭素量は、約8.8トン[関東森林管理局のデータによる]になります)。また緑地は、水分の気化熱等で温度上昇を和らげます。しかし緑地が,舗装された駐車場や道路に変えられると、そこを利用する自動車の(二酸化炭素を大量に含んだ)排ガスや排熱で気温を上昇させます。さらに、舗装の材料として使われるアスファルトやコンクリートそのものが、蓄熱効果が高く、夜間でも冷めにくい性質があるため、ヒートアイランド現象を加速させる大きな要因の一つになっています。非透水性舗装の場合は雨水を地面に浸透させないために洪水の原因になることもあります。
さらに環境経済研究所代表の上岡直見氏が指摘するように、「道路もまた大量の電力を消費する」ことも見逃せません。道路の建設によって大規模に自然環境が破壊され、完成後は(高速道路や高規格道路などでは)一晩中照明がつけられています。その膨大な電力消費が温暖化をより一層深刻化させているのです。
SDGsの目標の一つである「13.気候変動に具体的な対策を」を実践するためには、現在の日本のように過度に自動車に依存した状況と決別し、徒歩や自転車、そして公共交通機関を中心とした交通体系に変えてゆく必要があるでしょう。そのような交通体系が実現できれば、SDGs の別の目標である「3.すべての人に健康と福祉を」や「11.住み続けられるまちづくりを」などの実現にもつながります。
またSDGsは一つの目標に偏ることなく包摂的な対応を求めていますから、クルマ社会において歪められた社会理念を見直し、人権・福祉・共同の諸課題を改善する手がかりとなるでしょう。
以下ではSDGsの各項目を、「クルマ社会を問い直す」視点で考えてみます。
SDGsの各項目を、「クルマ社会を問い直す」視点で考える
(クルマ社会を問い直すコメントは青文字で記載しています。)
「交通弱者」は生命維持・社会生活維持の観点から「弱者」のままにはできません。「買い物難民」はおもに衣食の分野において日常的な切実さを伴う問題であり、支援・改善が必要です。
重度の障害を負って一生介護を必要とする人も少なくありません。愛する家族を理不尽に奪われた遺族もまた、心身を深く傷つけられ、健康を阻害されています。このような事態が毎年続いている現実は改善されなくてはなりません。
(交通事故については「発生」だけでなく、後遺障がいや遺族問題も補償・解決しなければなりません。)
また、自動車に依存した生活は、排ガス汚染によるぜん息などの呼吸器疾患、運動不足による生活習慣病や心身虚弱など、事故以外でも人々の心身の健康に悪影響を及ぼしています。
もっとも「半減」とは単純な「半数」ではなく「交通事故死傷者を大幅に減らす」という趣旨ですから、今後も交通事故死傷者を減らす施策を実施し、究極的には“ゼロ”を目指さなければなりません。
【ターゲット3-d:すべての国々、特に開発途上国の国家・世界規模な健康危険因子の早期警告、危険因子緩和及び危険因子管理のための能力を強化する。】
自動車の走行により排気ガスとともに有害化学物質・微粒子状物質が放出されています。またタイヤ摩耗によっても微粒子状物質は膨大に発生していると推測されます。
自動車の走行による騒音・振動は、生活環境の悪化をもたらしています。
自動車が走行することによって、交通事故という形で生命・健康の脅威が生じています。死亡に至らなくても、重大な傷害により後遺症を負い生活基盤を失うことは多く、交通事故によって被害者とその家族の生活は大きな損害を受けます。
「自動車=女性の能力強化アイテム」という議論もありますが、SDGsの総合的見地から自動車利用は抑制するべきであり、より環境負荷の小さい手段を追求するべきです。
現用の自動車の多くがガソリンや軽油などを燃料とすることは、「持続可能な近代的エネルギー」という要件に合致しないので、早急に削減・廃止する必要があります。
利潤確保または単に雇用確保のために自動車生産販売体制を維持することは、持続可能性から見て正当な活動とはいえません。
【ターゲット8-8:移住労働者、特に女性の移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者など、すべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する。】
契約条項をたてに労働者の権利が削減され、安全確保が阻害されるような行動(運転)を強いられるような就業形態は解消しなければなりません。
【ターゲット9-4:2030年までに、資源利用効率の向上とクリーン技術及び環境に配慮した技術・産業プロセスの導入拡大を通じたインフラ改良や産業改善により、持続可能性を向上させる。すべての国々は各国の能力に応じた取組を行う。】
道路や橋梁・鉄道などの公共交通設備、エネルギー供給設備の建設・維持が、持続可能性を十分に考慮されたうえで行なわれなければなりません。
【ターゲット10-3:差別的な法律、政策及び慣行の撤廃、ならびに適切な関連法規、政策、行動の促進などを通じて、機会均等を確保し、成果の不平等を是正する。】
【ターゲット10-4:税制、賃金、社会保障政策をはじめとする政策を導入し、平等の拡大を漸進的に達成する。】
車の所有者に有利な政策の推進は、車を所有しない者の利益と相反することがないか、経済的格差を助長することがないか、不断の考慮が必要です。
【ターゲット11-3:2030年までに、包摂的かつ持続可能な都市化を促進し、すべての国々の参加型、包括的かつ持続可能な人間居住計画・管理の能力を強化する。】
【ターゲット11-6:2030年までに、大気の質及び一般並びにその他の廃棄物の管理に特別な注意を払うことによるものを含め、都市の一人当たりの環境上の悪影響を軽減する。】
【ターゲット11-7:2030年までに、女性、子ども、高齢者及び障がい者を含め、人々に安全で包摂的かつ利用が容易な緑地や公共スペースへの普遍的アクセスを提供する。】
【ターゲット11-a:各国・地域規模の開発計画の強化を通じて、経済、社会、環境面における都市部、都市周辺部及び農村部間の良好なつながりを支援する。】
【ターゲット11-b:2020年までに、包含、資源効率、気候変動の緩和と適応、災害に対する強靭さ(レジリエンス)を目指す総合的政策及び計画を導入・実施した都市及び人間居住地の件数を大幅に増加させ、仙台防災枠組2015-2030に沿って、あらゆるレベルでの総合的な災害リスク管理の策定と実施を行う。】
生活の諸場面に必要な移動・運搬手段を誰もが利用できるよう、支援の仕組みを整備することが望まれます。
そこでの交通手段は誰もが利用できる公共交通機関を根幹とするべきです。
公共交通機関の設置・運営については、日本においては「交通政策基本法」を活用し、財政的な裏付けを確立して持続可能なものにする必要があります。
【ターゲット12-5:2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する。】
【ターゲット12-6:特に大企業や多国籍企業などの企業に対し、持続可能な取り組みを導入し、持続可能性に関する情報を定期報告に盛り込むよう奨励する。】
【ターゲット12-7:国内の政策や優先事項に従って持続可能な公共調達の慣行を促進する。】
【ターゲット12-8:2030年までに、人々があらゆる場所において、持続可能な開発及び自然と調和したライフスタイルに関する情報と意識を持つようにする。】
【ターゲット12-b:雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業に対して持続可能な開発がもたらす影響を測定する手法を開発・導入する。】
【ターゲット12-c:開発途上国の特別なニーズや状況を十分考慮し、貧困層やコミュニティを保護する形で開発に関する悪影響を最小限に留めつつ、税制改正や、有害な補助金が存在する場合はその環境への影響を考慮してその段階的廃止などを通じ、各国の状況に応じて、市場のひずみを除去することで、浪費的な消費を奨励する、化石燃料に対する非効率な補助金を合理化する。】
中古車を開発途上国へ輸出することで消費サイクルが正当化されるとも思われません。
【ターゲット13-3:気候変動の緩和、適応、影響軽減及び早期警戒に関する教育、啓発、人的能力及び制度機能を改善する。】
【ターゲット13-a:重要な緩和行動の実施とその実施における透明性確保に関する開発途上国のニーズに対応するため、2020年までにあらゆる供給源から年間1,000億ドルを共同で動員するという、UNFCCCの先進締約国によるコミットメントを実施するとともに、可能な限り速やかに資本を投入して緑の気候基金を本格始動させる。】
※ UNFCCC=国連気候変動枠組条約
また電気自動車へ移行するとしても、その使用電力が化石燃料発電によるのでは、環境負荷の改善は限定的なものになります。また膨大な必要電力のための供給施設の建設・稼働は、それ自体がCO2排出源となります。
したがって自動車の総量は適正に抑制・削減される必要があります。
(目標13については前文でも解説しています。)
またタイヤ摩耗により生じる微粒子の海洋流入の影響など、見直さなければならない事項もあると推測されます。
【ターゲット15-2:2020年までに、あらゆる種類の森林の持続可能な経営の実施を促進し、森林減少を阻止し、劣化した森林を回復し、世界全体で新規植林及び再植林を大幅に増加させる。】
【ターゲット15-3:2030年までに、砂漠化に対処し、砂漠化、干ばつ及び洪水の影響を受けた土地などの劣化した土地と土壌を回復し、土地劣化に荷担しない世界の達成に尽力する。】
【ターゲット15-4:2030年までに持続可能な開発に不可欠な便益をもたらす山地生態系の能力を強化するため、生物多様性を含む山地生態系の保全を確実に行う。】
【ターゲット15-5:自然生息地の劣化を抑制し、生物多様性の損失を阻止し、2020年までに絶滅危惧種を保護し、また絶滅防止するための緊急かつ意味のある対策を講じる。】
【ターゲット15-9:2020年までに、生態系と生物多様性の価値を、国や地方の計画策定、開発プロセス及び貧困削減のための戦略及び会計に組み込む。】
残存する緑地・森林の保護のため、道路・駐車場・市街建造物の新設は抑制的である必要があります。
【ターゲット16-6:あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。】
【ターゲット16-7:あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する。】
【ターゲット16-10:国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。】
交通行政・交通司法の透明性・説明責任を促進する必要があります。
交通制御・交通規制についてもSDGsの理念を反映させる必要があります。
【ターゲット17-14:持続可能な開発のための政策の一貫性を強化する。】
【ターゲット17-17:さまざまなパートナーシップの経験や資源戦略を基にした、効果的な公的、官民、市民社会のパートナーシップを奨励・推進する。】
【ターゲット17-19:2030年までに、持続可能な開発の進捗状況を測るGDP以外の尺度を開発する既存の取組を更に前進させ、開発途上国における統計に関する能力構築を支援する。】
あわせて、効果的な広報・啓発・公聴・市民参加を実施する必要があります。