杉田正明
8月の東京月例ミーティングで紹介しましたが、ITARDA(財団法人交通事故総合分析センター)の資料によりますと、歩行者死亡交通事故は、①昼よりも夜発生することが多く、約7割を占め、②交差点よりも単路で発生することが多く、約6割を占め、③車道幅が5.5m以上9m未満の道路で発生することが最も多く、約4割を占め、④歩行者の行動としては、道路を横断中のケースが7割強を占め、⑤その7割強の内訳をみると、横断歩道外を横断中が約5割、横断歩道を横断中が2割強となっています。また別の資料では、歩行者死者の7割弱が65歳以上となっています。
我が会としては、死亡事故だけでなく、負傷事故のデータも同時にきちんと見ることが必要ですし、歩行者事故に並べて自転車事故についても見なくてはいけませんが、それは別の機会にして、とりあえずこれらのデータからは、歩行者死亡事故の典型は、高齢者が夜道路を横断する際に遭遇する形であることが明確です。
私はこの典型的なケースについては、現在の自動車の技術で大幅に削減できると思っています。そして早期の技術標準装備・装置装着の義務づけを願っています。
車が、人や自転車を含め車にとっての障害物を検知する際には、レーダー、ミリ波レーダー、カメラ、赤外線カメラなどを使うそうです。そしてその検知精度を上げるには、単一の検知装置ではなく、それらを組み合わせて使うそうです。
高齢者が高速で道路に飛び出すことは大変考えにくいことからすると、赤外線カメラとミリ波レーダーの組み合わせで、横断する歩行者を検知することは十分可能だろうと思います。走っている車が高速であると、歩行者を検知しても、停止するまでの制動時間が足りなくなる可能性はありますが、それでも大幅に減速することは可能なはずで、これにより死亡を回避できる可能性は大いに高まるはずです。
こうした技術の装備に際して、大きなコストがかかるならばそれを負担するユーザーは嫌がり、またメーカーも販売不振を恐れて積極的にならないでしょう。しかし、私がヒアリングした慶応大学のある先生によると、これらの技術で使う電子制御・センサーの部品は量産化によって大幅にコストが下がるので、20万円以下で十分可能なはずとのことでした。
こうした技術の採用を巡っては、まずこの技術を装備した車が、カタログ上起きないはずの衝突事故を起こしたときの責任が問題になります。カタログ上起きないはずの事故に該当するか否かもまず争点になるでしょう。
この春から、スバルが「ぶつからない車」と言って衝突防止(回避)技術装備を前面に出した車を販売しています(もちろん条件付きで「ぶつからない」ということですが)。これに対しこの分野で先行していたトヨタは、プリクラッシュセーフティ技術を装備した車を、衝突防止の技術を装備しているとは言わずに、衝突被害軽減の技術を装備していると言うことで販売してきました。これは責任が追及されるケースを減らすためであったろうと推測されます。私は、メーカーは、責任追及の事態が起きることは覚悟して、想定外の事態が起きない車の開発をすべきと思います。
もう一つ、こうした技術の採用を巡っては、いわゆる“リスク・ホメオスタシス”が問題になります。衝突予防技術が装備してあることを前提にドライバーが車を運転することにより、事故回避への緊張感が緩んでしまったり、場合によっては無謀な運転も平気で行うようになることが危惧されます。
現在のプリクラッシュセーフティ技術は、障害を検知するとまず警報を発し、それに対してドライバーが対応を怠っていると自動でブレーキを掛ける仕組みになっているそうです。警報が発せられたときのドライバーの対応を車の装置に記録し、免許更新時に対応を怠った回数に応じペナルティを科す制度など、何らかの工夫が必要と考えます。
(2010年12月発行 会報第62号)