クルマ社会の諸相

フランスの脱クルマ政策

投稿日:2011年2月28日 更新日:

■フランスの脱クルマ政策■
林 裕之

 フランスでは第二次世界大戦後、モータリゼーションが急速に進み、旅客・貨物ともに自動車が輸送の中心になりました。自動車産業も国家の基幹産業の一つとして発展していきました。しかし、事故や大気汚染などクルマ社会がもたらす弊害が目立ちはじめた1970年代頃から見直しの気運が徐々に高まってきています。そのフランスの脱クルマの動きについて述べてみたいと思います。

1.政府の脱クルマ政策

(1)交通基本法と都市交通計画

 フランスでは、1982年に交通基本法(Loi d'orientation des transports intérieurs)〔LOTI〕が成立しました。この法律には、「交通権」(Droit au transport)というものが明記されています。この権利の活用により、国民がより合理的にまた適正な価格で国内を移動することができるとされています。そして特に公共交通機関の役割が重視されています。
 交通基本法は1996年に改正されました。その改正された法律の中で強調された事項の1つは環境保護です。これにより公共交通機関重視の流れはいっそう強まることになりました。また、この法律改正によって、人口10万人以上の都市圏とイル・ドゥ・フランス州において、都市交通計画(Le Plan de déplacements urbains)〔PDU〕の策定が義務づけられるようになりました。この計画は、主に、大気汚染を抑制するために自動車交通量を削減することを目的としており、次の6つの方向性が示されています。

  1. 自動車交通量の削減
  2. 集合的交通手段と自転車や徒歩などによる移動の増加
  3. 機能的な道路利用方法を目指した、道路網の開発・改良
  4. 駐車場のあり方の見直し
  5. 汚染を減らす商品配送方法の考慮
  6. 企業や自治体への自動車の相乗りや公共交通機関利用の推奨

(2)全国交通インフラ計画

 フランスでは、2010年7月に全国交通インフラ計画(Schéma national d'Infrastructures deTransport)〔SNIT〕の草案が発表されました。SNITは、環境グルネル[環境懇談会](Grenelle Environnement)の提言の一部で、次の4つの主要な方針が定められています。

  1. 既存の交通のシステムを最適化し、新しいインフラの建設を制限する
  2. 国内の交通システムの性能の向上
  3. 交通システムのエネルギー効率の向上
  4. 交通機関とインフラによる環境への負荷の減少

 SNITの草案によると、今後20~30年間にわたって、総額1,700億ユーロ(約18兆円)の投資 が実施 される 予定です。そのうち鉄道関 連が約52%と突出 しているのが特徴で、 約700kmの高速新線を含む約4,000kmに及ぶ新線建設が提案されています。これにより、少なくとも100億ト ンキロの貨物と25億人キロ の旅客を道路や航空から鉄道に転移されることになります。そしてこのモーダルシフトにより、50年間で約1億トンの二酸化炭素排出量を削減し、20年間で65,000人の雇用の創造と維持をすることを目指しています。

2.各都市の脱クルマ政策

(1)パリの脱クルマ政策

 イル・ドゥ・フランス州の中心であるパリ市では、独自にパリ市都市交通計画を策定し、自動車交通量を大幅に削減するための様々な 政策が 実施 されています。その内の一つがトラム(路面電車)です。パリでは、2006年にトラムが開通しました。実に69年ぶりのトラムの復活です。このトラムの開業によって、トラムが走る通りでは自動車が走れる車線の削減が行わ れました。できるだけ人々のクルマ利用を減らしてトラムへ移行させようとする意図が見えてきます。
 パリでは、バスの改善計画も進められています。市内のバスの円滑な運行を確保するために、約200kmにも及ぶバスレーンが設置されました。このレーンの設置によって、自動車が利用しにくく なった 反面 、バスの 平均 速度は確実に上がっているようです。
 トラムや バス以 外にパリで 注目を集めている交通 政策としては、Vélib(ベリー ブ)と 呼ばれる自転車貸し出しシステムがあります。2007年に 始められたこのシステムは徐々に拡充され、2010年3月末時点で、市内に1200を超え る自転車ステーションが整備 され、 2万を超える自転車が準備されています。

パリのベリーブ

(2)パリ以外の都市の脱クルマ政策

 フランスでは、パリ以外の都市においても、様々な形で、脱クルマ政策が実施されていますが、その中で注目されるのはトラムと自転車です。1950年代にはトラムが走る都市はわずか3にまで減ってしまいましたが、1985年以降、LRT(次世代型路面電車)という形でトラムの復活・新設・路線延長 が相次いでいます。2011年1月時点 で、リ ヨン・ス トラス ブール・ ニースなど20 の都市でトラムが 走っており、さらにアンジェ やランスなど複数 の都市で建設工事が行われています。

ストラスブールのトラム

 フランスでは都市交通機関の建設には国などからの補助金 があります。運営費 は各地 方が財源 を確保することになっていますが、フランスには交通負担金 制度(Versementtransport)というものがあります。これは地方で交通政策を 実施 する部 局(Autoritéorganisatrice)が、国によって定められた都市交通圏(Périmetre de transports urbains)内の従業員10人以上の企業から賃金総額の一定割合を税金として徴収して、公共交通機関の投資や運営の財源とする制度です。税率は0.5~2%程度で都市交通圏の人口などによって異なります。中 規模以上の都市へのPDU策定の義務づけとともに、こうした制度の存在がトラムなどの公共交通機関の維持発展に大きな役割を演じています。
 パリで 始められたものと同様 の自転車貸し出しシステムは、他の多く の都市でも見られます。すでに1976年には、ラ・ロシェルで 始まっていましたが、2005年以 降、他の都市にも急速に広まり、現在では、 レンヌ、ストラスブール、リヨンなど10以上の都市で実施 されています。このような自転車貸し出しシステムが、公共交通機関の充実 とともに、クルマの走行 量削減に貢献 しています。

3.まとめ

 フランスでは、パリなどの都市の一部でクルマの利用をしにくく する一方、高速鉄道(TGV)路線網の拡大、各都市におけるトラムの新設や復活、バスレーンの設置、貸し自転車制度の導入などが実施されています。
 確かに、毎年行われる公共交通機関のストライキや、一部の自転車利用者のマナーの悪さ貸し自転車の盗難など問題も少なくないようです。しかし、クルマへの過度の依存を少しでも減らし、より快適・安全で、環境への負荷の少ない交通システムを作り出そうという努力は確実 に続けられています。高速道路無料 化などというあまりにも愚かな 政策が進められようとしている日本が見習うべき点も少なくないように思われます。

<この 文は以 下の文献 に基づいて書きました(いずれもインターネット 上で公開されている文献)>

  • 「パリ市の交通政策」『海外の行政施策』、自治体国際化協会
  • 「フランス都市部で普及するレンタサイクル制度」、(Ambassade de France au Japon〔フランス大使館〕)
  • Plans de Déplacements Urbains、(ADEME Poitou-Charentes Agence Régionale Évaluationenvironnement Climat.)
  • Le Plan de Déplacements Urbains d’Ile-de-France、(La Préfecture de la région dIle-de-France.)
  • L'avant projet de Schéma national d'Infrastructures de Transport 、(Ministère de l'écologie, dudéveloppement durable, des transports et du logement.)

<参考文献>

  • 『鉄道ジャーナル』No.530(2010年12月号)、鉄道ジャーナル社
  • Plan de Déplacements Urbains、(Wikipédia)

*ここで取り上げた、フランスの交通基本法については、その内容の一部を「クルマ社会を問い直す第46号」に掲載された林の投稿記事(「持続可能な交通政策を求めて ―フランス・ストラスブールで考えたこと-NO.2)」の中ですでに紹介しています。フランスのトラムの状況については、その内容の一部を「クルマ社会を問い直す第58号」に 掲載された林の投稿記事(「 ニースのトラムに学ぶ」)の中ですでに紹介しています。フランスの都市交通機関建設の際の補助金については、その内容の一部を「クルマ社会を問い直す第46号」に 掲載された林の投稿 記事(「持続可 能な交通政策を 求めて ―フランス・ストラス ブールで考えたこと-NO.2)」の中ですでに紹介しています。

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