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警察庁通達を受けて - 自転車の車道走行実現のために

投稿日:2012年3月30日 更新日:

清水真哉

 昨年2011年の十月、警察庁が突如、「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について」という通達を出し、自転車は車道走行という道路交通法の原則に立ち戻る方針を示した。
 この通達が出された背景には、歩道上で自転車が歩行者に衝突したりなどして怪我をさせる事故が多発、あまつさえ死亡させる事故が発生するにおよび、警察庁も何らかの対応を迫られていたということがある。
 この通達は図らずも、現在の日本の行政機関の道路行政に対する意識を映し出している。ここには自動車に少しでも自転車利用者のために譲らせるという考えは見られない。
 ヨーロッパのいくつかの国では、もう十年も二十年も前から、自転車利用推進のために様々な政策が積み重ねられてきたが、ヨーロッパの自転車先進国の自転車政策の根底にあるのは、都市内の交通を自家用車によって担わせることはできないという発想である。そのために公共交通と自転車利用を推進しているのである。
 今回の日本の警察庁の自転車政策の転換は、歩道上での自転車と歩行者の軋轢という、お粗末なことから出発していて、自動車交通量の削減という根本的なところが欠如している。だから、自転車利用者に車道が怖いと言われると、やはり歩道に戻ってもらうしかなく、元の木阿弥になってしまうのである。
 では自転車の車道走行実現のために為されるべきことは何なのか。
 自動車が本格普及をしたモータリゼーションのあおりで、日本の自転車は歩道上に追いやられたという経緯がある。ではそれ以前に自転車はどこをどう走っていたのかを考えると、車道の左側を整然とお行儀よく走っていたとは想像しにくい。つまり我々日本人は、いま初めて、歩行者と自転車と自動車が折り合って道路を利用するルールを定めようとしているのであり、一度あって、壊れたルールを取り戻そうとしているのではないのだ。
 ながらく自転車に歩道を走らせていたため、車道は左側通行で逆走は許されないこと、車道を走る以上、自動車側の信号を遵守しなくてはならないことなど、基本的なところから始めなくてはならないのは遺憾なことである。
 今回の通達により、自転車は車道を走るようにとの方針が出されると、ママチャリの利用者やドライバーなど、自転車が歩道を走行する現状に満足している人たちからは、自転車道が整備されていない道路がほとんどなのに自転車が車道を走るのは危ないという声が噴出した。
 しかし本来、この言い分はおかしい。自転車は車道を走ると定められている以上、全ての車道は自転車道でもある。自転車が横を走る以上、自動車は自転車の安全に配慮して走行しなくてはならないのは、自転車が歩道を通るときは歩行者の安全を脅かさないように徐行しなくてはならないのと同じはずである。自転車が車道を走るのが怖いのは自動車がスピードを出し過ぎているからである。自動車専用道ではない車道において自動車は、自転車に配慮してスピードを抑制して走行しなくてはならない。
 具体的には、自転車も走行する道路では、原則、時速30km以下に速度制限されるべきである。自動車がそれ以上のスピードを出すには、自転車が通ることのない特別の道路でなくてはならない。
 ヨーロッパでは都市内でのZone30が相当程度普及していっているが、日本でも直ちに全面的な導入を図るべきである。むしろ制限時速を30kmを超える数値に設定できる道路は、高速道路などの例外的なところと理解されてよい。
 警察は、自動車を甘やかすことなくスピード違反の取締りを徹底し、1kmたりとも制限時速を上回らせてはならない。
 自転車車線(自転車レーン)を整備することは望ましいことである。誤解のないようにしたいが、整備されるべきは自転車車線であって、構造上分けられた自転車道ではない。 自転車レーンの設置により自動車の車線数が削減されることがあるとしたら、それはむしろ都市内の自動車交通量の削減という目的に適う。渋滞が起きれば、いくらでもいる不要不急の自動車が利用を止めるであろう。
 バスレーンとの共用は考えられる。ここでも誤解のないようにしたいが、バスレーンとは日本で通常となっている、時間制限があり、一般車両が進入しても処罰されることのないまがい物のバスレーンではなく、ヨーロッパにあるような全日のバス専用レーンで、一般車両は一歩も立ち入ることができないものである。そこでは一般車両用の車線の渋滞を尻目に、バスは軽快に駆け抜けていく。そのようなバスレーンであるから、自転車との共用ということが可能なのである。
 自転車車線においては当然のことながら、自動車は原則進入禁止である。
 自転車車線のない路側帯においても駐停車の取締りを徹底し、自転車の安全を確保しなくてはならない。近頃、駐車違反の取り締まりは以前よりも厳しくなっているが、停車も同じくらい厳しく取り締まらなくてはならない。車両に人が乗っていれば駐車ではなく停車で、いくら長く居ても文句は言わせないといった態度の自動車が目に余る。現在進行形で人の乗降や荷物の積み下ろしが行われていない限り、人が乗っていようが駐車とみなして取り締まるべきである。自転車にとっての危険は駐車でも停車でも変わらないのである。
 そのほか、交差点・信号での交通処理の仕方、トンネル内など特別に危険なところでは構造上分離された自転車道を検討すべきこと、歩道での自転車の走行制限の例外規定のあり方、一方通行路での自転車の逆走を認めるか、河川沿いの自転車道の取り扱いなど、細かい論点があるが、皆さんの議論を待ちたい。
 ともかく、今回の通達がきっかけとなって、歩行者と自転車利用者、それから自動車運転者のためにも、自転車走行空間の環境改善が図られることを願っている。

(会報『クルマ社会を問い直す』 第67号(2012年3月))

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