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路線バスをアップグレードしよう ~神奈川県横浜市の事例から学ぶ(5)

投稿日:2024年9月16日 更新日:

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行政が主体的に係わって路線バスのアップグレードを

今回の事例では、基幹路線を改良することで効率化して余裕を生み出し、それを閑散線区の維持・活性化に振り向けるという手法が採られている。

大都市近郊の住宅地などでは路線バスが多くの乗客に利用されている線区も少なくないが、黒字路線だからと事業者任せにするのではなく、多くの市民に利用されている路線だからこそ投資をしてアップグレードすることが肝要だ。

そして、その投資効果を閑散線区の維持や増便に回すことで市民に還元する仕組みもよく出来ている。

とはいえ、毎日の生活に欠かせない路線バスだけに、今回のような大掛かりな路線再編をバス事業者が単独で実施するのは難しいだろう。自治体が主導することで納得感のある形で実現できた面もありそうだ。

今回紹介した再編のいきさつは、横浜市役所の「バスネットワーク会議」資料に記録・公開されている[6]。この資料を見ると、横浜市と東急バスが度々沿線住民に説明会を開いたりアンケートを取ったりして、沿線住民が乗り換えの不便を受け入れる替わりに増便を実現した経緯を垣間見ることができる。

自治体とバス事業者の役割分担や、横浜市が実施したバスベイ*の拡張、説明会の内容や導入スケジュールなど具体的な施策の進め方も横浜市のWebサイトで公開されているので、詳細はそちらをご覧いただきたい。

*歩道に切り込みを入れて設けるバスの停車スペース。乗降の利便を図り、後続車に追い越しをさせやすくするのが目的。

行政とマスコミの無責任体質が公共交通を疲弊させる

しかし、今回のような都市部における路線バスのアップグレード事例は珍しい。日本では公共交通を事業者任せにし、事業者が撤退意向を示すでもしないと自治体が関与してこなかったからだろう。

さらに、これまでマスコミ等では安易に「運転手不足」で片づけたり、あまつさえ「赤字」だからなどと論う向きすらあったが、こうした軽薄な論調も公共交通の衰退に拍車をかけた。

元々乗客減に悩んでいた地方交通事業者が2020年からのコロナ禍の風評被害で疲弊し、政府の方針に従って運行を続けたにもかかわらず損失が補填されていなかったり、需要減に応じてやむなく人員削減したところに需要が戻って対応しきれなくなったりといった背景もあったと聞いているが、そうした内情にはほぼ触れずに表面的な「赤字」批判が繰り返されてきた。

そもそも運転手という職業は責任が重い割りに待遇が良くなかった故に採用できなくなっている面もあるだろう[21]

公共性の高い公共交通事業者で人件費削減が行われた背景には、安易に単体での収支だけを見て「赤字」だなどと煽ったマスコミ等の存在も無視できない。そして地方によっては人口減少により働き手も減りつつあるなど、複合的かつ根の深い問題だ。

こうした諸問題のうち、コロナ禍は突発的に起きたが、クルマ依存による公共交通の乗客減や待遇悪化、実質的に自家用車利用を優遇している信号制御や都市構造、公共交通への不当に低い評価、そして人口減少による「運転手不足」は以前から進行していた問題であり、対策を怠れば、コロナ禍による行動規制が解除された後も悪化し続けることになる。

人口減やクルマ依存の生活習慣、自家用車利用を前提とした商業施設や公共施設の立地、行政やマスコミの公共交通軽視といった構造問題は交通事業者だけでは解決しようがないが、こうした交通問題への自治体の取り組みはまちまちで、コロナ禍から3年経って地域間格差も見え始めた。

昨今の公共交通の現場で起きている「乗務員不足」の背景には、日本の交通政策の欠如や失敗が根底にあると肝に銘じたい。

脚注

[21] 「運転手不足」は元々超過勤務に頼っていた歪な構造が2023年10月に是正されたことがきっかけで騒がれるようになった感があるが、道路運送事業者の構造的問題が根幹にある。本稿では深堀りしないが、本誌でも複数の議論がされているのでバックナンバーを参照されると良いだろう。
なお、大都市圏に営業基盤を持つ比較的体力のある事業者を中心に賃上げや待遇の改善にも取り組まれている。

 

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