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論文 グルメ列車を通した地方鉄道の活性化への模索

投稿日:2020年3月31日 更新日:

 地方の鉄道衰退問題について、運輸評論家で各地の鉄道事情に詳しい会員の堀内重人さんに、原稿執筆をお願いしました。

論文 グルメ列車を通した地方鉄道の活性化への模索

堀内重人(運輸評論家)

はじめに

 地方鉄道の置かれた状況は、非常に厳しいものがある。少子高齢化や過疎化の進展に加え、人口減少なども加わり、利用者の減少傾向に歯止めが掛かっていなかったりする。

 国鉄では、経営することが出来ずに、第三セクター方式へ移行した鉄道事業者の中には、転換交付金を取り崩したり、枯渇してしまった事業者があるなど、置かれている環境は、厳しさを増している。

 このような状況に追い込まれると、地方鉄道を活性化させるには、外部から行楽客を呼び込んで、「生活路線」をベースとしながらも、「観光鉄道化」へ向けて舵を切るしかない。

 幸いなことに、各地では列車内で食事が出来る「グルメ列車」の運行が、盛んに行われるようになった。これは中小の民鉄や第三セクター鉄道に限らず、西武鉄道が「52席の至福」を運転するなど、大手民鉄もローカル線を活性化させるため、「グルメ列車」を運行している。

 「グルメ列車」は、地元産の食材を使用し、地元の業者がそれを調製し、列車内でお客さんに提供するため、「循環型社会」が構築されようとしている。また地元の雇用創出にも貢献しているため、従来は鉄道路線の経営状態だけで、必要か否かを判断していたが、「地元にもたらす便益」という新しい視点も、加わったと言える。

 そうなると、運賃・料金だけでは、鉄道路線を維持することが困難であった路線も、鉄道存続に向けた補助金を投入することに対する合意が得やすくなった。

 本稿は、「グルメ列車」という新たな価値観を導入することで、地方鉄道の存続と活性化を目的とするが、種子法の廃止やTPPへの加盟など、「地産地消」を脅かす要素もあり、それらの問題点も加味して、グルメ列車を通したローカル鉄道の存続・活性化を模索したい。

第1章 グルメ列車が誕生した経緯

第1節 ローカル鉄道を取り巻く現状

(1)国鉄再建法と第三セクター鉄道の開業

 1980年に、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(略して、国鉄再建法:昭和55年12月27日法律第111号)が制定された。この法律では、国鉄の経営を改善するため執るべき特別措置が、定められた。

 この法律により、「鉄道で輸送するよりも、バス化が妥当」と判断された赤字ローカル線は、バス化や第三セクター鉄道への移行という形で、国鉄から経営が分離された。

 そして翌1981年7月には、第二次臨時行政調査会が発足し、国鉄は「民営化が妥当」という答申を出した。

 本法の制定により、1985年度までに、国鉄の経営基盤を確立することとし、「経営改善計画」の策定と、その実施状況の報告を運輸大臣に対して行うことが義務付けられた。

 赤字ローカル線問題については、運営の改善のための適切な措置を講じても、なお収支の均衡を確保することが困難な路線は、「地方交通線」(注1)とされた。その中でも、輸送密度が4,000人/日未満である路線は、「特定地方交通線」とされ、国鉄が経営するのではなく、バス化や第三セクター鉄道へ経営移管することが、妥当とされた。

 そして「地方交通線」「特定地方交通線」は、当時の運輸大臣の承認を受けることになる。これらの路線は、少しでも経営状態を改善させるため、約1割の割増運賃が適用されることになった。従来は、全国一律の運賃でユニバーサルサービスが提供されていたが、この時代になれば、大都市圏では並行する民鉄よりも運賃が割高になっている反面、過疎地のローカル線では、要する経費に対して、割安な価格でサービスが提供されており、全国一律の運賃で、内部補助に依存したユニバーサルサービスの提供が、終焉を迎えたのである。

 特定地方交通線は、1990年までに83線区、3,157.2kmが国鉄や国鉄の分割民営化により誕生したJR各社から切り離された。

 これらの路線の中には、バス化させた路線もあるが、安定的な輸送の担保などを求め、各県や自治体などが出資して第三セクター鉄道を設立させ、そこへ移管されたりした。

(2)過疎化・少子高齢化の進展

 モータリゼーションの進展は、都市構造などを大きく変え、自家用車の利用を前提にしたライフスタイルへ変貌させた。また沿線の過疎化により、経営状況が悪化している第三セクター鉄道も多い。過疎化の進展は、利益率が低いとはいえ安定していた通学需要を激減させた。

 第三セクター鉄道の多くが、転換時に新型の低燃費の小型車両を導入し、サービス向上と運行経費の削減を図っているが、運賃も値上げされている。また既存の路線から独立した運賃体系となり、トータルの運賃が割高になったことで、自家用車やオートバイなどの私的交通へ利用者が流れてしまったりする。

 特に気候が温暖で、降雪が殆ど無い九州などでは、バイク通学を奨励する学校もあり、鉄道をはじめとした公共交通全体の利用者が、減少傾向にある。

 こうなると、公共交通を利用するのは、通院の高齢者だけになり、更なる利用者の減少により減便が実施されるなど、「負」のスパイラルに陥ってしまう。

(3)第三セクター鉄道の現状

 地方の赤字ローカル線を継承した第三セクター鉄道の一部は、危機的な状況に置かれている。少しでも増収を図りたく、売店など関連事業へも進出している。本業の鉄道事業に関しては、イベント列車の運行や地域密着のイベントを開催して、外部から利用者を呼び込む努力を行っている。イベント列車の運行やイベントの開催に合わせ、記念のグッズを販売するなどの増収策が講じられている。

 外部の利用者に依存した「観光鉄道化」では、風評被害に弱い鉄道になることもあり、少しでも地域の需要を創出したく、新駅を設置している。

 その一方で、利用の少ない列車を削減したり、信号などの設備の自動化、ワンマン運転の実施や駅の無人化などの要員合理化を行い、徹底したコスト削減を図っている。

 国鉄・JRの特定地方交通線を転換した第三セクター鉄道は、路線の距離に応じた転換交付金を受給しており、これを基金として運用し、その利息で損失を補填することを想定していた。しかしバブル崩壊後のゼロ金利政策により、基金の運用益が減少してしまった。

 第三セクター鉄道の中には、基金を取り壊したりする事業者もある。わたらせ渓谷鉄道のように、転換交付金による基金が枯渇してしまった事業者も現れている。

 こうなれば沿線自治体などが、損失を補填するか、各自治体などでは支えられない場合は、路線を廃止せざるを得なくなる。

 特に2000年3月1日からは、改正鉄道事業法が施行され、鉄道事業の廃止が「許可制」から「事前届出制」になり、不採算路線の廃止がしやすくなった。それ以降、過疎地の不採算路線の廃止が進むようになってしまったが、中には観光グルメ列車を運行するなどを行い、外部から観光客を誘致して、少しでも利用者を増やそうとしている事例を、1章の2節や2章では紹介したい。

第2節 日本初のグルメ列車を運行した明知鉄道

(1)明知鉄道の誕生

 国鉄明知線は、慢性的な赤字路線であり、1日当たりの輸送密度が2,000人/kmを下回ることから、「バス化が妥当」として、特定地方交通線に選ばれた。地元では、鉄道としての存続を望んだことから、第三セクター方式を採用して、国鉄明知線を引き継いだ。

 明知鉄道は、中央本線の恵那~明智を結ぶ約25kmの盲腸線(注2)ではあるが、2つの峠を越えることから、急勾配と急曲線の連続する山岳路線である。

 ローカル鉄道の場合、利用者の主体は、自動車通学が出来ない高校生の通学輸送が中心にならざるを得ない。明知鉄道が発足時には、燃費に優れた冷房完備のレールバスタイプの車両に置き換え、輸送コストの削減とサービス向上を図ったりしているが、それだけでは慢性的な赤字は解消されない。

 少しでも増収を図りたく、「寒天列車」の運行を開始し、それが好評であったことから、季節により、様々なグルメ列車が運行されるようになった。

 その他、ユニークな試みとして、岩村・明智では使用済の硬券の乗車券が、1枚20円で販売されていたり、気動車の体験運転などが実施されていたりする。

(2)グルメ列車の元祖、「寒天列車」

 明知鉄道は、「グルメ列車」運行の元祖である。経営環境が厳しいことが予想された反面、沿線の恵那市山岡町は、細寒天の生産量では約70%と日本一を誇っている。

 明知鉄道が慢性的な赤字経営であるが、寒天の産地であるならば、「これを車内で食べれるようにしたらどうか」という意見が出るようになった。そして明知鉄道では、この寒天を素材に懐石料理にアレンジし、車内で提供するようになった。

 明知鉄道では、2011年3月12日より、「大正ロマン号」の運行を開始している(写真1)。急行列車である「大正ロマン号」は、定期で運行されるが、急行料金は徴収されない。この列車の下り明智行きの車内に、テーブルを設けて実質的に「食堂車」として、増結して運転される。そのため車内に厨房などはなく、ただ地元の業者の厨房で調理された料理を、車内へ持ち込んで提供する(写真2)。

 車内で食事をする場合は、事前に予約が必要であるが、最低でも2名以上での参加が前提となる「グルメ列車」が多いが、明知鉄道の「大正ロマン号」は、1名からでも気軽に参加が可能である。

 料理の内容は、春は「山菜列車」、夏は「若鮎列車」、秋は「きのこ列車」、冬は「じねんじょ列車」になるなど、季節により変わるが、「寒天料理」は通年で提供される。

 但し車内で食事を希望する場合は、予約が必要であるだけでなく、予約が最少催行人数に満たない場合は、一般用の車両のみで運転される。また車内で食事を利用しない場合、併結される一般用の車両に乗車することになるが、この場合は運賃のみで乗車が可能である。

写真1 明知鉄道のグルメ列車の外観

写真2 明知鉄道のグルメ列車の車内の様子

 2章では、「52席の至福」「伊予灘ものがたり」「くろまつ」など、明知鉄道以外のグルメ列車の事例を紹介したい。

第2章 各グルメ列車の事例紹介

第1節「52席の至福」

(1)「52席の至福」が誕生した経緯

 西武鉄道秩父線では、「52席の至福」という4000系電車を改造した全席レストランスタイルの観光電車が、運転されている(写真3)。

写真3 「52席の至福」の外観

 この列車を導入しようとした経緯であるが、「西武鉄道100年アニバーサリー」の集大成と位置付けられたことから始まる。

 このイベントは、2016年(平成28年)3月21日に、4年間にわたり行なわれた100周年アニバーサリーを盛大に締めくくるイベント「SEIBU100thAnniversary“SMILEDAY”」が、西武ドームと隣接する西武球場前駅間の広場を使って開催された。

 「SEIBU100thAnniversary“SMILEDAY”」が、それらのクロージングイベントであるから、それに合わせて「52 席の至福」という全席がレストランスタイルの観光電車を導入したのである。「52席の至福」の愛称は、当編成の定員が52人であることに由来している。筆者自身、「52席の至福」に乗車しているが、この52名という定員は、採算性やサービスの質を考えた場合、妥当であると思っている。これより定員が多くなってしまえば、現在のスタッフや設備では、キメの細かいサービスの提供が、難しくなってしまうと感じた。

 「52席の至福」の運行であるが、午前中に出発する「ブランチコース」では、池袋から西武秩父へ向かうコース、西武新宿から西武秩父へ向かうコース、西武新宿から本川越へ向かうコースがある。西武新宿から西武秩父へ向かうコースの場合、所沢と飯能の2か所で、進行方向の変更が実施される。

 夕方頃に出発する「ディナーコース」は、西武秩父から池袋へ向かうコース、西武秩父から西武新宿へ向かうコース、本川越から西武新宿へ向かうコースが一般的である。

 「52席の至福」に乗車する場合であるが、予約は専用のWebサイトから行うしか、方法はない。予約は、旅行日の10日前まで可能で、支払いはクレジットカードによるオンライン決済のみしか、実施していない。旅行日の10日前に申し込みを締め切るのは、料理などを用意する関係であるが、直ぐに予約が埋まってしまうという。

 「1テーブル」単位で販売するため、1名だけの申し込みは不可となっている(写真4)。JRの「伊予灘ものがたり」「四国千年ものがたり」などのように、乗車のみという販売も行っておらず、子供料金の設定も無い。

 「52席の至福」は、土日・祝日を中心に、年間で100 日程度しか運行されないため、秩父線で使用されている4000 系電車を改造して、導入された。

(2)新規顧客の開拓

 「52席の至福」は、西武鉄道の1日乗車券も加味した価格で販売されるが、寝台特急ほど、鉄道ファンを引き付ける魅力を持たない。寝台特急の場合、1人で乗車しても、食堂車でフルコースのディナーを食べることが可能であるが、「52席の至福」をはじめとするグルメ列車に乗車するには、最低でも2名からになることが多い。そうなると参加代金だけでなく、パートナーを見つけることが課題となってしまう。

 では鉄道ファンが利用しないとなれば、「誰が利用するのか」と言えば、熟年夫婦や中高年の女性友達が中心である。若い人が利用している場合も、若年夫婦や恋人同士がデートの場所として、利用している。

写真4 「52席の至福」の車内

 利用者も、女性の方が多かったぐらいである。これは別の見方をすれば、今まであまり鉄道に関心を示してくれなかった層を、開拓したとも言える。このような方々が、「52席の至福」に興味を持ち、乗車してもらって満足して頂けたのであれば、リピーターになる可能性が高い。また他の女性友達を誘って参加したりするため、相乗効果が期待出来るようになる。「52席の至福」には、数字以上の効果があると言える。

 それ以外に西武鉄道では、「52席の至福」が誕生したことで、「西武鉄道×秩父エリア環境活動・地域貢献活動プロジェクト」を実施している。この活動は、秩父エリアの環境活動・地域貢献活動であるが、各種企業の協賛金を得て、運営されている。

 これらの活動は、親子で「52 席の至福」へ体験乗車する形で実施され、親子で田植えを体験したり、野菜や果物の収穫を行うなど、自然を通じた体験学習的な要素が強い。車内で食事をするというよりも、「52 席の至福」に乗車してもらって、秩父の魅力発見と環境学習が主目的である。

 参加者の8割以上が、この企画に満足しており、再度、このような企画があれば「応募したい」としている。

第2節 「伊予灘ものがたり」

(1)「伊予灘ものがたり」誕生の経緯

 JR四国初の本格的な観光列車であり、一般形気動車であるキハ47系を改造して、2014年7月26日より、運行が開始された(写真5)。

写真5(「伊予灘ものがたり」の外観)

 「伊予灘ものがたり」が走行する予讃線の松山~伊予大洲・八幡浜間の内、伊予市~伊予大洲の海線と言われる部分は、1986年に内子経由の新線が開業すると、優等列車が走らないローカル線に転落してしまった。

 その反面、海の傍を走行するなど、景色は非常に綺麗な線区であり、高速走行は期待できないが、観光列車を運行することで、活性化を模索するようになり、グルメ観光列車である「伊予灘ものがたり」の運行が決定した。

 「伊予灘ものがたり」の運行に先立ち、予讃線の伊予市~伊予大洲間の伊予長浜・五郎経由の伊予灘沿いの区間は、2014年3月15日に愛称が「愛ある伊予灘線」となった。

 「伊予灘ものがたり」は、金土日・祝日に松山~伊予大洲間に1往復と、松山~八幡浜間に1往復ずつ運転される。

 列車種別は快速であるが、全席がグリーン車指定席の扱いであり、利用するには乗車区間の運賃と普通列車グリーン料金が必要である。食事のサービスを受ける場合は、さらに食事予約券が必要である以外に、運転区間の全区間を乗車しなければならない。

 そうすることで、JR四国には松山~伊予大洲・八幡浜間の運賃と普通列車用のグリーン券が入る仕組みになっている。

 食事予約券は、JR四国以外ではJR東日本・JR西日本・JR九州管内のみどりの窓口で発売される。

(2)地域住民と一体で、地域活性化の模索

 「伊予灘ものがたり」のコンセプトは、「レトロモダン」である(写真6)。

写真6(「伊予灘ものがたり」の車内)

 伊予灘をはじめとした美しい景観、アテンダントや地元住民によるおもてなし、地元食材を使用した供食サービスなどが楽しめる。そして運行ごとに別称(ものがたりの名称)が付けられており、「大洲編」では、洋風の朝食が、「双海編」では和風の昼食が、「八幡浜編」では洋風の昼食が提供されるが、どのコースも地元の食材などを使用している。「道後編」では、八幡浜を16:04に発車することから、“アフタヌーンティー” として、サンドイッチやケーキなどのサービスが実施される。「伊予灘ものがたり」の車内には、厨房が無いことから、これらの料理などは、地上の厨房などで調理され、車内に積み込まれる。

 「双海編」は、杉の容器に和食を盛り付けているが、これは愛媛県の内子産である(写真7)。

 下灘駅は、海の傍に位置していることから、列車はこの駅で海を眺めたりするため、運転停止を行う。乗客は、駅舎の外へ出て、海を眺めたりする以外に、列車を背景に記念撮影を行ったりする。

写真7(「伊予灘ものがたり」の料理)

 また伊予長浜駅・伊予上灘駅では、地元の方々が手作りの特産品の販売が実施されるなど、地域住民と一体となって、予讃線の伊予市~伊予大洲間のローカル区間の活性化を模索している。

 これらの特色があるサービスが、利用客から高い評価を得ており、2015 年8月に日本経済新聞が行った調査では、おすすめの観光列車ベスト10 の中で、見事に第1位となった。乗車率は、平均85% 程度を維持しており、全国の観光列車の中でも高い方に分類される。やはり地産地消の考えに基づいて導入された料理や、地域住民の熱烈な歓迎などが、その要因であると考えられる。

第3節 京都丹後鉄道「くろまつ」

(1)前身であった北近畿タンゴ鉄道の経営難

 京都丹後鉄道の前身であった北近畿タンゴ鉄道は、第一種鉄道事業者として、丹後地方のローカル鉄道の運営を行っていた。そして利便性の向上と、増収を図る目的から、大阪・京都と丹後地方を結ぶ特急列車を運行するため、「タンゴエクスプローラー」「タンゴディスカバリー」を導入したり、国鉄再建法の絡みで、建設が凍結されていた、宮津と福知山を結ぶ宮福線を開業させるなど、地方の第三セクター鉄道ではあったが、経営努力がなされていた。

 だが路線長が宮福線の30.4kmに加え、宮津線の83.6kmを加えた114.0kmも、路線長がある第三セクター鉄道であった。また宮津線は、国鉄の特定地方交通線であったことから、最初から厳しい経営が予想されていた。

 2000 年代に入ると、沿線の過疎化や少子化だけでなく、高規格道路の延伸なども加わり、稼ぎ頭の特急列車の利用者も横ばいから減少に転じていた。2009年の時点では、日本の第三セクター鉄道の中では、赤字の絶対額が一番大きかった。

 開業以来黒字になったことはなく、20期以上連続で赤字を計上しており、京都府や沿線自治体、兵庫県から毎年4~5億円の欠損補助を受けて、経営を維持していた。

 京都府や沿線自治体並びに兵庫県も財政事情が厳しいことから、抜本的な改革が求められていた。そこで2015年4月1日より、地域公共交通活性化再生法による「鉄道事業再構築事業」として認定され、上下分離経営を実施することになった。

 これにより北近畿タンゴ鉄道は、インフラのみを保有する第三種鉄道事業者となり、列車の運行はWILLERTRAINSが第二種鉄道事業者となり、「京都丹後鉄道」の名称で実施するようになった。

 地域公共交通活性化再生法が改正され、「鉄道事業再構築事業」が追加されると、「公有民営」の上下分離経営が可能になったが、京都丹後鉄道の場合は、「民有民営」の上下分離経営が、実施されている。

(2)地域輸送をベースに、付加価値の向上を模索する京都丹後鉄道

 北近畿タンゴ鉄道が開業したのは、1988 年7月16日であるから、開業当時から使用されている車両は、陳腐化が進んでいた。そこで2013 年4月からは、既存の車両の延命化も兼ねて、今日の京都丹後鉄道の観光列車となっている「あかまつ」と、全席が自由席の「あおまつ」を導入する。

 両列車に共通する特徴として、レトロモダンな外観と、木をふんだんに使ったぬくもりあふれる車内空間に仕上がっていることである。専属クルーが乗車し、旅のご案内やお飲み物などの販売を実施している。

 「あかまつ」は、運賃と550円の乗車整理券で乗車が可能であり、インターネットから簡単に予約することが可能である。そして速達性や価格で他の輸送モードと競争するのではなく、この列車に乗車しなければ体験出来ないサービスを売り出している。

 乗車整理券として550円を徴収することで、客単価も上がると同時に、「あかまつ」の車内では、クルーが飲食物や各種グッズを販売することで、運賃・料金以外の物販収入が自社に入ることになる。

 「あかまつ」「あおまつ」以外に、車内で食事を提供する「くろまつ」も、北近畿たんご鉄道時代の2014年4月に登場していたが、京都丹後鉄道へ移管後は、サービス内容や運行コースなども見直しされた(写真8)。

写真8(京都丹後鉄道「くろまつ」)

 現在の「くろまつ」は、金・土・日・祝日に運転されるコースと、土・日・祝日に運転されるコースがある。前者は、「スイーツコース」「ランチコース」であり、後者は「アフターヌーンティーコース」「サンセットコース」である。

 「スイーツコース」は、福知山を10:10に出発し、途中の大江で14分停車した後、天橋立に11:53に到着する。大江では、鬼瓦公園などの見学も可能だという。そして天橋立に到着すると、「ランチコース」として、天橋立を12:48に出発して西舞鶴へ向かう。途中の東雲駅には32分も停車するため、地元の散策などが可能である。

 土・日・祝日であれば、14:50に西舞鶴に到着すると、今度は「アフターヌーンティーコース」として西舞鶴を15:30に出発して、天橋立へ向かう。天橋立には16:32に到着する。このコースは、途中駅で下車して周辺の見学などはできない。

 天橋立に到着すると、16:49発の「サンセットコース」として西舞鶴まで折り返す。このコースは、丹後由良で30分の休憩があり、造り酒屋などの見学が可能である。そして18:18 に西舞鶴に到着する。その後は、車両は福知山へ回送される。

 「スイーツコース」は、1人当たり4,800円であるため、若い女性の姿も多い。それが「ランチコース」になると、車内で和食のフルコースが提供され、価格も1人当たり10,800円となることから、中高年の女性が多くなる。

 「アフターヌーンティーコース」は、代金が3,200円と割安になるが、途中駅で下車して地元を散策するなどはできない。このコースも、若い女性が多いという。

 「サンセットコース」は、イタリアンによるオードブルやワイン、「くろまつ」オリジナルカクテルが中心としたメニューとなり、1人当たり6,400円となる。このコースになれば、男性の利用も多くなるという。

 どのコースも地元産の食材を用いて、地元のレストランなどが料理を提供する。それゆえ若い女性層、中高年の女性層・熟年夫婦、中年の男性層というように、新たな客層を開拓しているといえる。また「あかまつ」で実施されていた奈な具ぐ海岸での運転停車や、由良川橋梁の徐行、丹後由良駅や東雲駅で約30分停車して、地元の造り酒屋の見学なども実施している。

 この施策は、2018年3月末で廃止こそされたが、石見川本駅で地元の有志が、駅周辺の飲食店や観光名所が描かれた地図を乗客に配り、三江線の活性化を模索していたことが、ヒントになったと考えられる。

第3章 「地産地消」による持続可能な地域づくり

第1節 グルメ列車を運転したことによる効果

 観光グルメ列車を運行している各事業者は、それだけでは利益率が決して良いとは言えないが、鉄道事業者にとれば、先ずは乗車してもらいたいと考える。そして西武鉄道の「52席の至福」のように、乗車してもらうことで、車内でアルコールドリンクの注文を得たり、記念グッズを販売することで、従来の運賃・料金収入以外の収入源の確保が上げられる。記念グッズの販売などは、明知鉄道でも実施しており、グルメ列車には車内販売も乗務して、ビールやおつまみなどの販売を行うことで、増収を図ろうとしている。

 京都丹後鉄道で運行される「くろまつ」であるが、鉄道事業者には運賃収入が入ることになる。一方のレストラン側にも、3つの点で魅力がある。

 先ず新規に場所を選ぶ必要がない。次に給仕は京都丹後鉄道が実施するから、レストラン側は新規にスタッフを雇用する必要もない。さらに宣伝・広告も京都丹後鉄道が、自社のHPなどで行うため、これも不要である。その上、京都丹後鉄道は「地域活性化」「地元との共存共栄」を掲げているため、マージンなどは一切請求しない。そうなるとレストラン側も、通常、自分の店で提供するよりも、より良い食材を使用しているという。

 それゆえ「くろまつ」は、「あかまつ」よりも広範囲に、かつ「地産地消」として地元産の食材などを活用して料理を提供することから、地元に落ちる金額も大きくなる。結果的に、持続可能な地域づくりに貢献しており、鉄道は利用しないが、鉄道が存続することで便益を享受する層が生まれているといえる。

 京都丹後鉄道の利用者は、減少傾向にあるが、これに対して付加価値を付けながら客単価を上げる経営戦略を採用しており、収入減になっていない点は、注目しなければならない。

第2節 農業振興による地域活性化の必要性

(1)過疎化の防止と新規雇用の創出

 観光グルメ列車を運行しただけでは、鉄道事業者の利益率は決して良いとは言えないし、通勤・通学客の減少を賄うほどの増収にはならない。ただ観光グルメ列車は、中高年の女性層が主な顧客であるため、従来はあまり鉄道に関心を示さなかった層が、鉄道に関心を示すようになった点が、重要だと考える。

 これらの観光グルメ列車に満足してもらえたならば、再度、利用してみようとするため、リピーターになるだけでなく、他社の観光グルメ列車を利用しようという動機付けを与えるため、「共食い」になるのではなく、相乗効果をもたらすと、考えられる。

 観光グルメ列車を運行することによる地元のメリットとして、地域へ来る観光客が増える以外に、その土地の知名度が上がるという利点がある。また地元産の食材を用いて、地元の業者が調理して、車内で料理を提供するため、地域経済の活性化に貢献する。地元の食材を使用して、地元の業者が調理するということは、農業の振興、地元業者の新規雇用の創出という面で、大きく貢献する。

 従来は、鉄道路線の経営状態だけを見て、「必要」であるか否かを判断していたが、観光グルメ列車を運行開始したことで、「地域へもたらす便益」という視点も加味する必要が生じた。

 たとえ鉄道が赤字であったとしても、地元の食材を使用し、地元の業者がそれを調理して、列車の乗客に料理を提供するとなれば、鉄道事業者は運賃・料金程度しか、入らないかもしれないが、その他は地元の利益となる。鉄道事業の赤字と、これらの地元の便益を比較して、後者の方が多ければ、補助金を投入してでも、存続させた方が良いとなる。

 それゆえ観光グルメ列車の登場は、従来の鉄道事業に対して、「採算性」だけで存廃を判断していたが、これからは「便益」という基準も見る必要があることを、示すことになった。

 観光グルメ列車のもたらす便益は、誰が見ても分かりやすい。かつ従来は、鉄道沿線を離れた場所で存廃のアンケート調査を行い、「不要」という判断がなされていたが、食材を提供する農家や、それを調理する業者にとれば、鉄道が存続してくれるため、自分達が利用しなかったとしても、利益がもたらされることになる。それゆえ価値基準が、大きく変わったことを意味する。そして観光グルメ列車の発展型が、超豪華クルーズトレインであり、より広範囲に便益をもたらすことになる。

(2)「種子法」の廃止とTPP加盟に伴う、「食」の安全性の確保

 各種グルメ列車は、地元産の食材を使用して、地元の業者が調理して、鉄道会社のお客さんに提供するという「地産地消」を実施しているが、今後は地元産の野菜などの食材を使用することに関して、先行きが不透明な要素もある。

 実は国内で野菜などを生産するには、種子が必要であるが、「主要農作物種子法:以下種子法」は、米、麦、大豆も含まれるが、主に米を対象として制定されていた。

 だが種子法が2018年4月で廃止されたため、日本の農業に対して危ぶむ声もある。

 種子法は1952年5月に制定されたが、種子法の基本的な考え方は、優良な種子は、国民の食糧確保に不可欠であり、公共財として国が管理を行い、守っていこうというものである。

 農家が自ら生産した作物から、種子を採取する「自家採種」も可能であるが、同一品種の自家採種を何代も続けると、品質は少しずつ劣化していく。良質な種子を育成するためには、農作物の栽培とは別に、膨大な手間と金を掛けて「種子」の育成が必要となる(注3)。

 種子の生産を実際に行うのは、各都道府県の農協である。日本の国土は南北に長く、土壌や気候などそれぞれの地域性も考慮しなければならず、生産する品種の認定は各都道府県に委ねられている。国は、それらの運営に必要な予算を担っている。

 種子法が廃止され、「農業競争力強化支援法」が成立したように、政府は農業の分野にも市場原理を導入しようとしている(注4)。もし大企業が種子を独占するようになれば、農家は民間から高い穀物種子を買わなければ農業が出来なくなり、それが農業の衰退に繋がる危険性がある。特にモンサントなどが独占するようなことになれば、遺伝子組み換えの種子が普及するだけでなく、農薬や抗生物質を大量に使用した農畜産品が大量に出回る危険性が高くなる。

 日本では、近く種苗法の改正案が成立する動きがあり、登録品種の海外への流出防止が目的と謳っているが、「自家増殖を登録制」にすることへの不安が広がっている。野菜類は、自家採種が出来ないため、高い種を大企業から買わねばならなくなる。そうなると農業への意欲も低下し、「あきたこまち」などの地域独自の農産物が減ることへの懸念がある。

 一方、種子法の廃止と同様に、TPPも日本の農業に大きな影響を与えそうである。アメリカはTPPから離脱したが、日米で2国間FTA協定を結んでいることから、自動車などの工業品の輸出を優先させたい経団連などの圧力により、米国からの農産物は低関税に抑えられ、米国産の農畜産物の輸入が、今まで以上に増える危険性がある。さらにオーストラリアやニュージーランドは、TPPへの加盟国であるから、低価格の牛肉や酪農品の輸入が増加し、日本の農畜産物が打撃を受ける危険性もある。

 TPPには、「非関税障壁」があり、輸出などに不都合な情報は開示しなくても良い。またFTAへも加盟しているため、食の安全基準も緩和され、モンサントのようなグローバル企業による遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品、農薬・抗生物質を大量に使用した農畜産品の輸入増加が懸念される。

 種子法の廃止とTPPへの加盟、FTA協定の締結は、食の安全性の低下だけでなく、さらなる過疎化の進展という問題点も抱えており、今後は「交通問題」と「農業」をセットで考える時代になったと言える。

 外国からの遺伝子組み換え食品だけでなく、農薬・抗生物質を大量に使用した農畜産品から、日本人の生命や安全を守るためには、「観光グルメ列車」を運行する際、生産者の顔を見えるようにする必要がある。

 幸いなことに、JR西日本が運行する超豪華クルーズトレインである「トワイライトエクスプレス瑞風」では、2泊3日のコースに参加する最高級個室寝台の“ザ・スイート”のお客さんに対しては、民家をレストランとして活用し、野菜を生産した人が調理した料理を食べるようにしている。これは、顔が見える供給方法であるだけでなく、無添加の有機栽培の野菜などが食べられるとして、人気があるという。

 クルーズトレインは、「グルメ列車」の発展型であり、より広範囲に「地産地消」を促す存在である。

 生産者の顔が見える農畜産物の供給が、今後の課題であると同時に、「地産地消」を通じて日本の農業や地方の活力を維持するためには、鉄道会社の役割が大きくなったと言える。

おわりに

 地方鉄道などは、少子高齢化と過疎化の進展などにより、以前よりも厳しさが増している。大幅な利用者の増加は期待出来ない環境にあり、第三セクター鉄道の中には、国鉄からの転換交付金を使い果たした事業者もある。

 路線を維持するには、補助金の投入が不可欠になるが、各自治体も財政難に喘いでいることから、補助金を投入するとなれば、沿線地域の住民から合意を得る必要がある。

 そこで観光グルメ列車を運行すれば、外部からの利用者を呼び込めることから、ローカル鉄道が活性化する。また「地産地消」という考え方が入るため、地元が育てた野菜などの食材を、地元の業者が調理して、完成した料理を鉄道会社の利用者に提供することで、地域経済の活性化にも繋がり、循環型の持続可能な社会が実現する。

 地元産の野菜を使用することは、農業の促進に繋がるだけでなく、昨今では「種子法の廃止」「TPP加盟」「日米二か国間のFTA締結」などの問題もあることから、「食の安全」と「地域農業の維持」にも繋がる。

 種子法が廃止され、「TPP加盟」「日米二か国間のFTA協定の締結」など、遺伝子組み換え食品の流入や、農薬・抗生物質が大量に使用された農畜産品の大量流入が懸念されている。自治体の中には条例を制定して、遺伝子組み換え食品が流入しないようにする処置を、講じている自治体もある。遺伝子組み換え食品以外に、農薬・抗生物質を大量に使用した農畜産品が、大量に輸入される危険性が指摘されており、安全・安心の国産の農畜産品を普及させるためにも、「グルメ列車」や、それを発展させたクルーズトレインの育成は、「地産地消」の考え方からも、重要性が増していると言える。

 さらに地元産の野菜などの食材を使用することで、沿線から離れた地域であっても、自分達が育てた野菜などがグルメ列車で提供されることで、平素は鉄道を利用しなかったとしても、「鉄道は必要」という合意が形成しやすくなる。

 地元産の食材を使用して調理をすることから、新規雇用を創出することが可能になるなど、鉄道会社の経営は赤字であっても、地元にもたらす便益の方が大きければ、補助金を投入してでも、存続させた方が望ましいとなる。

 今後は、ローカル鉄道の評価基準を変える必要がある。採算性では「負」であったとしても、便益では「正」になることも多く、便益を加味して評価しなければ、ローカル鉄道の廃止が進むと過疎化が促進され、今まで以上に地域格差が拡大してしまうことになる。それゆえローカル鉄道は、「地域経済を回す潤滑油」として認識され、持続可能な地域社会を確立する上で、不可欠な存在となってくれることを願っている。

(注1)地方交通線に指定されると、幹線と比較して1割程度割増しとなった地方交通線用の運賃が適用されることになった。
(注2)路線長は20km程度の比較的短く、行き止まり式の路線をいう。
(注3)育成に掛かる時間は長く、1つの品種を開発するのに約10年、増殖には約4年掛かる言われる。
(注4)種苗法が国際条約とのからみで自家増殖(自家採種)禁止の品種を増やす方向で何度も改正されている。2006年には、禁止品種が23種から82種に、2017年には289種になり、2019年には356種に増えている。

参考文献

(会報『クルマ社会を問い直す』 第99号(2020年3月))

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