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「歩行者と自転車の道の革命車道至上主義から道路交通文化の時代へ 」で伝えたいこと(その1)

投稿日:2010年12月23日 更新日:

津田美知子

9月下旬、表題のような書籍をウェブサイト上に公開しました。章構成は以下のとおりです。本稿では第1部について紹介させていただきます。

  • 第1部 欧州における歩行者と自転車の道
    • 第1章 コペンハーゲンの道
    • 第2章 アムステルダムとデルフトの道
    • 第3章 ベルリンとフライブルクの道
  • 第2部 歩行者と自転車のための道の再構築
    • 第4章 わが国の交通事故と道路
    • 第5章 区画道路における「ソフト分離」の推進
    • 第6章 幹線道路における「自転車レーン」の確保

はじめに

この数年、自転車について割り切れない思いでいたが、05年に自転車に関する委員会のメンバーになった。そこでの議論が自転車の現状を直視したものではないと感じ、欧州の実態を見てみたいと思った。90年代に度々北欧やドイツへ調査旅行に出かけていたが、およそ10年ぶりに行ってみると、自転車道の整備が進み、道路全体が大きく様変わりしているように感じた。ゾーン30などと呼ばれる生活の場の道路についても調べたいと思い、06年、07年を合わせて計7週間かけて調査を実施し、移動日以外は公共交通機関を使いつつも、1日に2万5千歩ぐらい歩き回り、都市の実態をまるごと捉えようとした。
その過程ですぐに感じたことは、歩行者、自転車、クルマ3者の通行区分といったハード面にとどまらず、ソフト面において3者相互の信頼関係が築かれているということであった。自転車とクルマが対等な関係を築き、ともに最も無防備な歩行者を最優先として気遣い、振る舞うことが、生活様式といえる域に達している。「道路交通文化」というものが根付いている。もちろん、欧州の国や都市によって差異は見られるが、ベクトルはその方向にあると確信した。
この「道路交通文化」は、次のような2つのプロセスで培われてきたのではないかと考えた。
欧州の道路空間の第1の特徴は、住宅地などの区画道路には、おしなべて、ゾーン30などと呼ばれる速度規制がかけられ、さらに、ボンエルフと呼ばれる速度抑制の物理的手法が導入されている。歩行者の安全性が最優先であるという理念を具現化し、かつ、実践を促す仕組みであり、それを、子供の頃から、当たり前の生活環境として馴染んできている。「クルマ優位」ではないことを身をもって学ぶ上で、これほど有効な手段はないであろう。これが「道路交通文化」の第1段階だったのではないか。
第2の特徴は、大気汚染や地球規模で進む気候変動問題に触発された市民による自転車利用が増加し、これに呼応する形で、行 政は市街地の幹線道路の車線を削減しながら、自転車道を整備してきたことである。コペンハーゲンでは幹線道路といえども、車道は片側1車線に削減して自転車道を整備し、アムステルダムやフライブルクでは、自転車とトラム(路面電車)に車道を明け渡すかのような形で道路空間を利用している。高速道路は別として、市街地の幹線道路においても、やはり「クルマ優位」ではないことを具現化しているわけであり、単に自転車利用者が増えたというだけではなく、行政が自転車道整備という具体的な形で自転車をバックアップする社会的意思表示をしたことが、自転車のクリティカル・マス(尊重すべき大きな勢力)を確たるものとした。これが、自転車とクルマが対等な関係を築くことを促し、第2段階の「道路交通文化」に発展したのではないか。
 繰り返すが、区画道路においても、幹線道路においても、「クルマ優位」ではないという道路整備が、誰の目にも見える形で進んでおり、そうした道路空間のハード面のサイン性が、ソフト面の信頼関係を喚起してきた。単純化すれば、「道路交通文化」は、その価値観を道路空間において可視化することにより育まれてきたといえるのではないか。
 ひるがえって、日本の道路空間には「クルマ優位」のサインしか目に入らない。その異常性は次の2点に集約される。
第1は、歩行者が犠牲となる交通事故が異常に多いことであり、死に至る交通事故のうち1/3を占めている。人口当たりで比較しても、欧州主要国の2倍以上であり、オランダと比較すれば4倍以上である。歩行者の死者数に占める高齢者の比率が約70%と高いことも大きな特徴であり、「 高齢歩行者の交通事故死」が欧州における交通事故との違いを際立たせている。高齢者の事故は自宅近くの身近な道路で多く発生しているが、歩道のない狭い道路であっても、クルマは我が物顔で走る。日本の道路交通は、生活の場においてさえ、弱肉強食的な野蛮状態であり、この構造的問題ゆえに、交通事故死者数が全体として減少傾向にある今日においてもなお、「高齢歩行者の交通事故死」には確たる改善の兆しは見られない。
第2は、日本における自転車の普及率は世界でトップクラスであるにもかかわらず、この軽車両が歩道を通行していることである。70年をピークとする交通事故死者数がピークを迎える70年の『道路交通法』の改正により、あたかも善意の緊急措置であるかのようにして「自転車の歩道通行可」という大きな舵取りをし、今日に至っているが、歩行者の聖域であるはずの歩道において、自転車は歩行者にとって大きな脅威となっている。同時に、自転車を歩行者と同じ類型であるかのように扱う交通法は、歩行者よりも遥かに高速な車両であることについての自転車利用者の自覚を希薄にし、目に余るルール違反の横行を招き、自らを死に至らしめる事故を招くなどカオスともいえる事態に陥っている。
これらの根は一つであり、「クルマ優位」を 保証する「車道至上主義」の道路交通行政にある。それがクルマのドライバーをスポイルし、次いで自転車利用者をスポイルするに至っている。
 民主主義が普遍的であるように、道路交通にも普遍的な形があるはずであり、日本独自の道路交通法など、あるとは考えられない。それではどうあるべきか。本書では、写真や図を多く用いて
欧州に学びながら日本の実態を考察し、そのあるべき方向を実証的に提言することを試みている。

コペンハーゲンの自転車道

 デンマークの首都コペンハーゲン市は、2016年までに全ての幹線道路に自転車道を設置する計画を推進しており、04年時点で84%程度整備されている。本誌表紙写真で紹介したように、自転車交通量3万台/日の自転車道があり、雨の日でも写真1のように、フードをかぶって通勤通学する様子が見られる。自転車通勤通学率は03年時点で36%であり、公共交通機関33%、クルマ27%を上回っている。おそらく、欧州随一の自転車都市であろう。

写真1 雨の日も疾走する自転車集団

 写真2は市街地の主要な幹線道路であるが、車道は片側1車線である。以前は片側2車線であったが、自転車道とともに、島式のバス停を車道脇に設置し、余った部分に駐車帯や街路樹を配置したようである。島式のバス停は、自転車と歩行者のクロスを回避するために積極的に設置が進められている。 幹線道路のほとんどは車道、自転車道、歩道の幅員構成は1:1:1であり、それに共用的なスペースがついているという形である。

写真2 一般的な幹線道路の自転車道

ついでながら、この写真の自転車はクリスチャニア・バイクというもので(表紙写真にも映っている)、前輪2輪の間にボックスがついており、子どもを4人まで乗せることができるものである。大きな荷物も載せることができるので、「クルマいらず」といってよい。

 写真3は2段階左折(車両は右側通行)のために待機する自転車の集団である。2段階左折は見事に徹底されており、横断歩道や歩道を通行する場合は自転車を降りて歩くというルールも徹底されている。日本とは違って、自転車の空間が確保され、ルールが単純化されているので、自然体で遵守できるのだろう。

写真3 徹底されている2段階左折

アムステルダムの自転車道

 コペンハーゲンの市内交通の主体はバスであるが、オランダの首都アムステルダムではトラム(路面電車)である。写真4は中央駅前の大通りであるが、写真右手から歩道、自転車道、車道対面のトラム軌道と停留所、自転車道、歩道で構成されている。驚くまいことか、車道は1車線一方通行であり、平行する別の道路とペアで1本の幹線道路となっている。都市交通の主体はトラムと自転車であり、それが確保されていたらりっぱな幹線道路という考え方かもしれない。

写真4 1車線一方通行の駅前大通り

 アムステルダムは干拓によって開かれた運河の多い都市であり、道路の幅員は概して狭い。主要幹線道路はトラム路線でもあるから、それ以外の車道部をクルマと自転車が利用することとなり、写真5のように、車道もギリギリ、自転車道もギリギリといった道路を多く見かける。クルマの道も必要だが自転車の道も必要なので、狭いだろうけど「仲良くやってね」といった考え方のようであり、自転車道を何としても確保することが重視されているようである。アムステルダムでは幹線道路における自転車道整備はすでに終了しているとみられる。

写真5 狭い車道と自転車道

 写真6は中心市街地の交差点であるが、歩行者や自転車や勝手な方向に進み、そこへトラムがやって来るといった感じで、始めは何がどのようになっているのか、理解できなかった。ここは無信号交差点であり、いくつもの道路がこの地点で交わるので、信号では制御できないということなのかもしれないが、「クルマ優先」ではなく、無防備な歩行者や自転車を優先して「仲良くやろうね」の 精神があるからからこそ成り立つ交差点だと思われる。実際、タクシーに乗った時、この交差点で随分待たされた経験がある。こうした無信号交差点は「道路交通文化」の熟度を表すものであり、最近、欧州で 注目されているシェアード・スペース(共有空間)の裾野を形成しているように思われる。

写真6 いくつもの道路が交わる無信号交差点

 なお、高速道路を市街地の外周部に配置し、市 街地に通過交通を入れないのが欧州の道路計画の常識であるが、とりわけ、アムステルダムでは徹底しており、クルマに不便を強いることに何の躊躇もないようである。

ベルリンの自転車道

 ドイツの首都べルリンでは、コペンハーゲンやアムステルダムほど、自転車道整備は進んでいないし、自転車通勤通学者もそれほど多く見かけない。また、ドイツでは一般化していることであるが、写真7のように歩道上に設置された自転車道が多い。そして、歩道や横断歩道を通行する自転車を頻繁に見かける点も先の2都市とは異なる。それらの多くは逆走自転車であり、一方通行の自転車道を走ることができないためであろうが、こうしたモラルハザードは自転車道を歩道上に設置していることに起因しているように思われる。歩道上の自転車道に慣れると、ちょっとぐらいはみ出てもよい、歩行者に迷惑をかけなければよいなどと考えてしまい、歩道を逆走してしまいがちなのではないか。

写真7 歩道上に設置された自転車道と逆走自転車

 本でも歩道上に自転車道まがいのものを設置して歩行者と自転車を分離するなどといっているが、交差点部では合体するという矛盾がある。一方、ベル リンでは写真8のように、歩道上自転車道は交差点部では車道化する。歩行者の安全のためには交差点では完全に分離すべきだと考えられているわけであり、この点が日本とは大きな違いである。なお、歩道に自転車道を設置するのは、車道脇の駐車帯を一掃できないと考えているためであり、自動車産業が基幹産業であるドイツの弱さかもしれないが、最後の一線は崩していないように思われる。

写真8 歩道上自転車道は交差点部では車道化する

 た、写真9は左折する自転車の集団であり、一般部では車道の右寄りを通行していたが、手信号をしながら直進レーンの内側に入り、その後、クルマと並んで左折した。ち ゃんとした自転
車道がない場合、2段階左折ではなく、このような左折方法も合法だということであるが、これを見かけた時は驚愕した。このようなことが実際にできるのは、クルマと自転車の悪くない関係があるからであり、日本とはやはり、格段のレベルの違いといえよう。

写真9 車道の内側に入って左折する自転車集団

区画道路の速度規制

 区画道路とは、幹線道路以外の道路のことである。ドイツやオランダの区画道路は30km/h規制のゾーン30であり、ベルリン市の担当者は単にゾーン30と呼んでいたので、道路というよりも住宅地の通路といった扱いのようである。日本ではやや誤解があるかもしれないが、ゾーン30は指定された路線の区画道路、あるいは、指定された区域の区画道路ではなく、幹線道路以外の全ての区画道路が30km/h規制であることを意味している。

図1 道路ネットワーク図の例

 この点は図1で理解しやすのではないか。これはコペンハーゲン市の道路ネットワーク図の一部であるが、濃く塗られた線が幹線道路であり、それに囲まれた内部(灰色)に細かい線(白色)が入っているのが区画道路である。デンマークの場合、基本はゾーン40であり(実際にはゾーン30も多い)、凡例では、灰色の部分は40km/hリミットゾーンと記されている。ゾーン30もこのように面的で、全体的なものである。ちなみに、ゾーン30において見かけるクルマは最徐行であり、30km/h近くの速度で走るクルマは存在しないといってよい。この点はゾーン40においても同様である。

ボンエルフの手法

 画道路の形態は、欧州の都市において大きな相違がないので、ここでは都市名にこだわらずに例示したい。
 ゾーン規制をかけたうえで、ボンエルフの手法を導入する場合もあるが、特に何もない場合も多い、いずれにしても、ほぼ共通しているのは、写真10のように両側ないし片側に駐車帯が設置されていることである。よそ者にも、幹線道路と区画道路の違いは駐車帯があるかどうかで見分けることができるといってよい。とりわけ古い建物の多い中心市街地では、もともと駐車場を設置していなかったので、路上駐車を認めざるをえなかった。これが車道の実質的な幅員を狭め、速度抑制と通過交通の排除に効果的であるとして積極的に位置づけられているようである。区画道路といえども、歩道は設置されているので、歩行者にもさほど不都合はない。

写真10 駐車場化している区画道路

 区画道路でも、片側2車線取れるほどの幅員の広い道路も多く、駐車帯を設置してもなお車道幅員が広い場合もある。特に、そのような場合に導入されるのがボンエルフの物理的手法である写真11は狭窄の例であるが、狭窄の列には駐車帯が設置されるので、これ自体に大きな効果があるわけではない。写真12はシケイン(屈曲)であり、クルマの動線を曲げることにより速度抑制をするもの、写真13はハンプ(隆起)、写真14は歩道プラトー(歩道部の台地化)、写真15は交差点プラトー(区画道路同士の交差点の台地化)であり、いずれも車道をアップダウンさせることにより速度抑制をさせようというものである。このような手法の1つないし2つが、道路の状態に応じて導入されている。

写真11 狭窄と駐車帯

写真12 シケイン

写真13 ハンプ

写真14 歩道プラトー

写真15 交差点プラトー

 こうした区画道路の多くは一方通行であり、その入口に写真16のようなゾーン30の標識が立てられていたり、写真17のような交通静穏化の標識が立てられていたりするが、何もない場合も多い。交通静穏化の標識があるから交通静穏化というわけではなく、ゾーン30自体が交通静穏化を目指したものであり、交通静穏化の標識は効果的だと考えられる箇所に設置してだけのように思われる。標識が多いのはベルリンであり、アムステルダムではほとんど見かけなかった。

写真16 ゾーン30の標識

写真17 静穏化道路の標識

 また、写真18はベルリンで見かけたものであり、ボールを持った子どもが胸を張って歩き、クルマに乗った大人がその後を歩くという絵文字が描かれている。「クルマは子どもの歩く速度に合わせなさい」ということであり、「ゆっくりと走る 交通静穏」という文字も書かれている。おそらく、これは住民によって描かれたものであろう。ちなみに、コペンハーゲンにはゾーン15の区域もあるが、住民の要望によるものだという。区画道路は住民のための道路であり、住民主導が進んでいるようである。

写真18「 クルマは子どもの歩く速度に合わせなさい」という絵文字

 一方、日本の区画道路の条件は全く異なる。それでもどのようにして交通静穏化のねらいを実現するか、については次号で。

(会報『クルマ社会を問い直す』 第62号(2010年12月))

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