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圏央道建設計画の現状と課題

投稿日:2010年9月23日 更新日:

■講演録■ 圏央道建設計画の現状と課題橋本良仁(高尾山の自然をまもる市民の会)

 4月24日、クルマ社会を問い直す会の第16回総会において、高尾山の自然をまもる市民の会の橋本良仁さんに「日本にまだ道路は必要か―圏央道・八王子での経験から学ぶ」と題して講演していただきました。その内容を、橋本さんに原稿としてお寄せいただきました。

1 バブル経済の遺物

 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の都内部分(青梅~八王子)建設計画が地元住民に知らされたのは1984年夏であった。国道16号の渋滞を緩和し、都心に集中する東名、中央、関越、東北などの放射状高速道路を三環状道路(中央環状・東京外環道・圏央道)で分散させることであった。しかし、東京はこれまでどんなに道路を造っても渋滞は解消されていない。
圏央道は1970年代に計画され四全総で閣議決定されている。80年代はバブル経済の真っ直中、圏央道はバブル経済の遺物といえる。少子高齢化社会、将来交通需要も大幅減少という現在、中止を視野に入れた検討が必要である。
また、圏央道は国史跡八王子城跡と国定公園高尾山を直径10メートルのトンネルで串刺しにするとして、裁判をはじめとした建設中止の運動が続いている。

都心から50㎞圏、総延長300㎞の環状道路

高尾山トンネル南孔口の工事現場

高尾山トンネル北孔口の工事現場

2 道路を造らなくても渋滞はなくせる

 80年代、ヨーロッパの大都市も渋滞に悩んだ。イギリスはロンドン市内の渋滞緩和のため8車線の環状道路M25を整備したが、渋滞解消どころかM25自身が渋滞した。98年に政策を大転換し、市内に流入する車に8ポンドを課税、結果、渋滞は大きく減少した。オランダ、ドイツ、フランス、デンマーク、ノルウエーなども鉄道、バス、路面電車などの公共交通を充実させ、徒歩や自転車利用も進めている。
 こうした交通政策は、大気汚染公害や地球温暖化の防止にも効果をあげている。また徒歩や自転車利用は、健康を増進し医療費の抑制につながった。税金を浪費して道路を造らなくても渋滞解消はできるということだ。道路ネットワークを整備して都市の渋滞をなくそうという考え方は20世紀のパラダイムである。東京外環道や圏央道建設に血道を上げる石原都知事の交通政策は、時代遅れと言わざるをえない。
 自民党政権の下、政・ 官・業のトライアングル構造で進められてきた道路建設、民主党政権が転換できるのか? 高速道路無料 化や事 業の継続性を理由 に進める東京外環道や圏央道建設は、住環境や自然環境を壊すとして批判の声が上がっている。

3 生物多様性の宝庫

 高尾山は都心から電車でわずか1時間。公園面積は日本最小の770ヘクタール、標高は599メートルしかない。しかし、日本の4分の1近い1300種の植物種と5000種以上の昆虫、130種の野鳥、28種の哺乳類など、多様な生物の宝庫である。
 豊かな生態系は豊かな地下水に依存している。こんな低山に樹齢300年以上のブナの巨木があるなど驚異的である。奈良時代の中期、僧行基が開山したと伝えられるが、宗教上、軍事上、政治上の理由で殺生禁断の掟を守り続けてきたことが天然の生態系が保たれてきた大きな理由だ。
 哲学者の梅原猛は、著書「森の思想が人類を救う」の中で、「日本の国土は70%近くが森林。古来、日本民族は森人で、宗教観は自然信仰に根ざした森の思想。」「日本には多くの鎮守の森があった。神社には森がある。」といっている。戦後の開発の波は多くの鎮守の森を破壊した。東京の巨大な鎮守の森、高尾山を守ることは、人類を救うことになるのではないだろうか。(注、梅原さんは、高尾山にトンネルを掘る圏央道計画の中止を求める私達の運動に賛意を表明している。)

4水脈を壊す圏央道トンネル

 計画が発表されるやいなや、JR中央線や中央道により閑静な環 境を壊されてきた住民は、裏高尾圏央道反対同盟を立ち上げ、建設の中止を求める運動は全国的に広がった。2000年10月、原告1000人を超える高尾山天狗裁判が提起され、現在に至っている。
 すでにトンネルを掘った国史跡・八王子城は御主殿の滝が涸れ、地下水位は工事前の水位に戻らない。国は滝涸れがトンネル工事によると認めないが、裁判の判決では、その事実と原因を認めた。

2006.2.27 51 mmの雨で滝が復活した

2006.3.14 わずか2週間で滝が涸れた

 高尾山はスポンジが水を含んだ ような山である。滝行で有名な琵琶滝直下を貫くトンネルは、地下水脈に大きな影響を与える。現在、トンネル掘削の進行にともない観測孔の地下水位が急速に下がり始めた。地下水の破壊は、高尾山の生態系破壊につながる。

5 地球温暖化問題からの視点

 地球温暖化の進行が問題になっている。産業革命後の大量生産・大量消費・大量廃棄の経済活動が、引き起こしたものだ。経済最優先の社会のあり方を転換しないと、人類の生存基盤そのものが危ぶまれる。
 欧州の諸国は、高速道路は地球温暖化防止に逆行するとして、新規の道路建設はしていない。公共交通や自転車利用を進め、車依存社会からの転換をはかっている。都市の暮しのあり方を考え直さなければならない時だ。高尾山と圏央道問題は、私たちに環境と社会活動・経済活動のあり方を提起している。

6 おわりに

 高尾山天狗裁判が進行し、圏央道の公益性、と りわけ費用便益比(B/C)分析が大きな争点になった。B/Cが1.0以下の道路は造らないというのが、政府見解である。私たちのコンピュータシュミレーションでは、B/Cは0.38だった。法廷における国交省現役課長の証言は、B/Cの疑問にいっさい答えなかった。
 昨年10月、広島地裁は、歴史的遺産である鞆の浦の公水面埋め立て工事を差し止める画期的な判決を下した。宝の海・有明海の諫早干拓事業でも、佐賀地裁は開門を命じた。司法による行政へのチェック機能が働きだした。

*費用便益比(B/C)とは
道路整備効果のうち、①走行時間短縮の経済効果、②走行経費減少、③交通事故減少の3便益(B)を予測数値化し、維持管理費と全体事業費(C)で割った値。通 常「B/C」( ビー・バイ・シー)と略す。この数値が高いほど整備効果があるとし、1.0を下回る事業は中止するとしている(08年2月の衆議院予算委員会での冬柴国交大臣答弁)。

(会報『クルマ社会を問い直す』 第61号(2010年9月))

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