私のみたヨーロッパ(その2)
杉田久美子
アムステルダムでは人口規模73万の大都市での集住(分散的に低密度で住むのではなく、集まって中高密度で住むこと)を、交通面で縦横に走るLRTが支えていることに驚嘆しました。次の滞在地ドイツのケルンも人口規模が101万という大都市ですが、一般市民生活と交通の関係はどうなっているのでしょうか?
ヨーロッパの鉄道の楽しみ
今回の旅行の楽しみの一つは鉄道に乗ることでした。外国人向けに用意されている一等車両に乗れる「ユーレールパス」は便利でお得です。日本ではグリーン車両に乗ったことがない私は、ドイツが誇る国際列車のICEの一等車両に乗ることができて、しばし、お金持ち気分を味わいました。
この先何度か鉄道に乗って、ヨーロッパの人々は列車に乗ることを心底楽しんでいるということに加えて、サービスを提供する鉄道側も楽しんでいるのではないかと感じました。日本より定時制や速さでは劣るかも知れませんが、快適空間としての魅力は機能的にもデザイン的にもヨーロッパの鉄道の方に軍配をあげたいと思いました。
ケルンのトラム
ケルン市の中心からトラムに乗って郊外の終点まで行きました。沿線は所々に森というか林というか公園というか、そんな大小の緑地がかなりありました。途中に商店街らしいところも通りましたが、日曜日だったせいか、店は休みで人の賑わいは見られませんでした。乗客は小学生や中学生、親子づれ、主婦でした。ベビーカーは勿論、自転車も持ち込んでいました。日本で言う「ママチャリ」を乗せている女性も見かけました(写真1)。平日の様子はわかりませんが、沿線に戸建て住宅や集合住宅が多くあったので、おそらく通勤や通学の足になっていると思われました。終点で折り返して戻り、途中下車してライン川にかかる鉄橋を歩いて渡りました。そこは路面電車が中央を走り、両脇にそれぞれ2車線の車道と自転車専用道と歩道の4点セットが揃っていました。
エッセンのトラム
ルール工業地帯を見学するためにデゥイスブルクに行った後、エッセンに向かい、そこからトラムでかつての炭坑と高炉を保存しているというツォルフェライン炭坑産業遺産に行きました。戻る前にトラムの写真を撮っていると、陽気な運転手が笑顔で声を掛けてくれました。この辺りの線路は歩道側に寄せた方式でした(写真2)。ついでに辺りの住宅地を散策したら、住宅地の入り口には「ゾーン30」の標識があり、住宅地のところどころは行き止まりの道路になっていました。こうすれば通過交通を抑制できるし、子ども達の遊び場も確保できると思いました。
エッセンの中心街は歩行者の通行帯や横断歩道がすっきりとデザインされていて、日本のように過剰に白線のペイントがないのもよいと思いました。
街の景観と標識や信号
オランダでも感じましたが、ドイツの標識や信号機は日本に比べると、デザインがシンプルで、概して軽量で簡便に作られていると思いました。特に歩行者用の信号機や標識はとても低い位置に付けられていました(写真3)。ヨーロッパの街中にあるこうした信号や標識に慣れると、日本の信号や標識は位置が高過ぎるし、異様に頑強で、コストも掛け過ぎていると感じました。ケルン市の中心街で見かけた駐輪スタンドはシンプルなデザインでおしゃれだと思いました。
バーデンバーデン温泉保養地
トラム紹介でよく取り上げられるカールスルーエ見学計画を急遽変更して、温泉保養地のあるバーデンバーデンに立ち寄りました。街中で、クルマとボール遊びの大人と子どもと家の図柄がついている標識を見かけました(写真4)。「ここでは子どもが道路で遊ぶことができるし、クルマは徐行で通行できる。」ということでしょうか?これに×が付いたものもありました。
「ゾーン30」や「歩行者専用ゾーン」の標識やクルマ進入禁止の物理的工夫として置いてある平たい大きな鉢植(写真5)からも人優先のポリシーが伝わりました。小さな男の子が玩具のベビーカーを押して歩いていました。ベビーカーに乗せられる年齢からの移行に面白いツールだと思いました。ケルンの中心街のトランジットモールで子供用自転車に長い旗を立てていたのを見かけましたが、これも子どもの自律的な移動を奨励し、守る意識が根底にあると思いました。帰りに頼んだタクシーの運転手が石畳の道をゆっくり走行し、前を歩く高齢の婦人に何やら声を掛けて通り過ぎました。この小さな保養地は、平和で穏やかな時間が流れていました。私達も一時、ゆったりと夢心地の時間を過ごし、次の滞在地のストラスブール行きの列車に乗り込みました。
(会報『クルマ社会を問い直す』 第42号(2006年1月))