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路線バスをアップグレードしよう ~神奈川県横浜市の事例から学ぶ(4)

投稿日:2024年9月16日 更新日:

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再編前の青56系統は東急田園都市線の青葉台駅から横浜市北西端に向かい、川崎市および町田市との境付近にある高台の玉川学園台団地を回って青葉台駅へ戻る路線で、一周(往復相当)の営業距離が約13km。片道換算で6.5kmほどになり、近隣路線[11]に比べて長距離だ。これを日体大行きに変更することで営業距離が半分ほどになって余裕が生まれる。そのぶん増便するとともに、こどもの国駅に整備されたバスロータリーに乗り入れることで、こどもの国線への乗り継ぎや駅前商業施設での買物が便利になった。

駅前ロータリーの写真です

こどもの国駅バスロータリーを発車する緑山62系統バス

「緑山」という地名は東京のテレビ局(TBS)が進出した際に名付けられたもので、以前は奈良町の一部だった。緑山にはテレビ局の収録スタジオとゴルフ場(2023年に廃業)があるのみで、しかも青葉台駅から自社の送迎バスを運行しているので、路線バスには寄与しない。名前こそ「緑山循環」だが、乗客の大半は奈良町北部の玉川学園台地区の住民だろう。

玉川学園台は駅から離れた閑静な低層住宅地で、約500世帯、人口約1,500人[12]。その名の通り高台にあって、西側は玉川学園の敷地に隣接しているが、玉川学園前駅からは離れている。

同じ奈良町にある奈良北団地は1971年に日本住宅公団(現在のUR)によって造成された公団住宅で比較的人口も多いが、玉川学園台は少し離れた場所で民間が造成した住宅地で、分譲から50年ほど経って高齢化が進んでおり、この地区を含む奈良町の高齢化率[13]は36.3%で、青葉区全域の23.2%と比べて高くなっている。

また、北側に隣接する川崎市麻生区岡上は市街化調整区域・農業振興地域で農地が広がり、その先にある鶴川駅も2~3km離れている。

畑が広がり駅を遠く望む田園風景です

緑山バス停付近から鶴川駅側には川崎市の農業振興地域が広がる

他に沿線の集客施設は「こどもの国」があるが、並行して電車(こどもの国線)があるし、本系統の休日日中の運行本数は平日とほぼ変わらないので[14]、このバスは「こどもの国」へのアクセス路線としてはあまり機能していないようだ。

新興住宅地の写真です

山に囲まれた斜面に低層住宅が広がる玉川学園台
最寄駅(こどもの国駅)は右手に2kmほど

最寄り駅は南側に東急こどもの国線のこどもの国駅があって、歩いて15~30分ほど(1~2km)だが、駅との標高差は最大40mほどあり坂道が続く。逆の北側には小田急小田原線の鶴川駅もあるが、道なりに2~3kmあり、しかも山越えになるので、高齢者のみならず、現役世代でも日常的に歩くのは厳しいだろう。

医療機関は地域内にあるが(緑協和病院)、近隣の食品スーパーは駅付近か奈良北団地(1~3km)まで行く必要があり、バスがないと日常生活に支障をきたすだろう。

実際、横浜市が調査したところ、青56系統(緑山循環)の利用目的は41%が買物、13%が通院だったそうだ[15]。通勤客も3割いるが、過半が買物・通院利用で、沿線住民の日常生活を支える足として機能している。

こうした土地柄もあって横浜市役所は2007年頃から「地域交通サポート事業」の一環で路線バス改善に取り組んできた[12]

隣接する川崎市を通り抜けて東京都町田市にある鶴川駅まで行く小田急バス(鶴09系統)が2006年より運行し始め、今ではこちらの方が乗客が多いようだ。運行本数は毎時1本程度だが、青葉台駅よりも鶴川駅の方が近く、食品スーパーなどの商業施設も鶴川駅前に複数あるので、日常の買物も県境を越えて鶴川駅まで行く方が便利なのだろう。

緑が多い景色の中、バス停のそばを走るバスの写真です

奈良町の住民を乗せて緑山バス停を通過する小田急バス鶴川駅行き

反面、青葉台駅方面へ行く需要は多くないようで、筆者が時々このバスに乗るといつも乗客は少ないが、路線再編前の2021年度実績で1便(循環)あたり31.2人[16]。前述の青61系統(青葉台駅~日体大)は1往復あたり34.3人なので、朝夕の通勤通学時間帯などはきっと混むのだろう。

また、市境を越えて鶴川駅方面に出ても行政サービスを受けられないので[17]、横浜市青葉区の中心街[18]である青葉台駅に出られるルートを残しておく意義があったのだろう。通勤通学と高齢者等では移動の目的が変わってくることにも配慮されているのだと思われる。

しかし再編前は運行本数が少なく、日中2~3時間も空く時間帯があって日中の利用は厳しかったが、路線再編により走行時間が一周48分に短縮し、乗務員1人体制で増便が可能となって、再編後は日中毎時1本のパターンダイヤ(朝夕は増便)が実現した。利用者目線に立つと、途中で乗り換える不便と引き換えに乗車機会が増えた格好だ。

2枚の時刻表を撮って並べた写真です

東急バス緑山循環系統の路線再編前後の時刻表

また、日中の便(緑山62系統)は こどもの国駅前に整備されたバスロータリーに乗り入れるようになり、こどもの国駅での電車への乗り換えも便利になった[19]

ちなみに、こどもの国線は東急電鉄が運行しているが、かつては「こどもの国協会」が施設を保有しており(第三種鉄道事業者)、「こどもの国」の来園者向けに運行していた。横浜市ではこの鉄道を通勤路線化することとし、市と県、東急などが出資する「横浜高速鉄道」[20]が鉄道施設を譲り受け、中間駅を設けて、2000年より通勤路線としても利用できるようになった。現在は朝6時台から夜23時台まで(平日は24時頃まで)、平日朝夕に毎時5本、日中は毎時3本の電車が走っている。

脚注

[11] 例えば青61系統(青葉台駅~日体大)の営業距離は片道3.1km。

[12] 玉川学園台地区の取組について(横浜市道路局)
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kotsu/chiikikotsu/support/unko/tamagawa/torikumi.html

[13] 総人口に占める65歳以上の人口の割合。数字は2024年3月末時点の住民基本台帳による。
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/tokei-chosa/portal/jinko/chocho/nenrei/r6cho-nen.html

[14] 鶴川駅からの小田急バス・鶴07系統(鶴川駅~こどもの国~奈良北団地)は、休日ダイヤの方が若干本数が多い。

[15] 横浜市「バスネットワーク会議」令和5年度 第1回資料より
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kotsu/bus_kotsu/soukou/aoba.files/0068_20240208.pdf

[16] 横浜市「バスネットワーク会議」令和4年度 第2回資料より
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kotsu/bus_kotsu/soukou/aoba.files/0067_20240208.pdf

[17] 以前は横浜市が発行している「敬老パス」も市境を越えて川崎市や町田市に入ると使えなかったが、2023年10月より、市境を越えるバス路線でも利用できるようになった。
https://www.city.yokohama.lg.jp/kenko-iryo-fukushi/fukushi-kaigo/koreisha-kaigo/kaigoyobo-kenkoudukuri-ikigai/ikigai-shakaisanka/keirou.html

[18] 区役所・公会堂(中央公民館)は2駅隣の市が尾駅付近にある。電車に乗り継いで行くか、奈良北団地から東急バス・市43系統(市が尾駅行き)が日中のみ2時間間隔で運行している。

[19] 再編前の旧路線も駅近くの「こどもの国」バス停を通っていたので、こどもの国駅で電車に乗り継ぐことはできたが、再編後は日中の便のみ駅前のバスロータリーに乗り入れるようになったので、駅前にある食品スーパーや医院などを利用しやすくなった。

[20] 「みなとみらい線」(横浜駅~元町・中華街駅)を運営している第三セクター鉄道事業者

 

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